「政宗様、七夕という日をご存じですか?」
「七夕?」
「はい」







  雨が降っても







政宗は脇息に寄りかかりながら小十郎が語る七夕の話を聞いていた。
いや、聞いていたというよりは、聞き流していたと言った方が適切かもしれない。
そんな政宗の様子に慣れているのか、構わず小十郎は言葉を紡ぐ。


大変働き者の織姫と夏彦という男女がいました。
織姫は天帝の娘で、天帝は夏彦の働きをよく知っていたため
愛し合っていた二人の仲を許したそうです。
しかし、夫婦になると二人は、嬉しさと楽しさから次第に働くことをしなくなりました。
それに怒った天帝は、天の川を間にし、二人を隔ててしまったのです。
織姫も夏彦も必死で許しを請うのですが、天帝は許しません。
しかし、天帝も次第に哀れになったのか、年に一度だけ逢瀬を許されたのです。


「それが今日、七月七日なのです」
「天の川、ねぇ……阿保らしい」
「おや?」
「いかにも女子が好きそうな話じゃな」


慣れた手つきで扇子を広げた政宗は数回扇ぐと、一度音をたてて閉じた。
小十郎は少し肩をすくめて苦笑してみせる。


「お気に召しませんか?」
「だいたい、そんなに会いたければ死ぬ気で川を渡れば良いであろう」
「それを申されるのでしたら、政宗様も殿に対してそうなさりませ」
「なっ、こ、小十郎!?」


振り向いてほしいのなら、それなりに行動すべきですよ。
涼しげに笑った小十郎は、『』の名前に狼狽えをみせた政宗に
「そういえば」と続けた。


「そういえば、殿は成実と共に笹をとりに出かけましたよ」
「は?笹?」
「七夕の日は、紙に願い事を書いて笹につるすと、その願いが叶うそうです」
「……夏彦の話とは全く関係ないではないか!」
「さあ、私にもその辺は……」


先ほどの話はなんだったんだ、と呆れたように政宗は息をついた。
行事好きのあの二人のことだ、嬉々としてでかけたのであろう。
あまり興味のない政宗は扇子の先で小十郎を指し問いかける。


「願いが叶うなどと、お前達はそんな事を信じておるのか?」
「叶うと嬉しくないですか?」
「馬鹿め、紙に書いてつるすだけで叶ったら世話ないわ!」
「それはそうですがね」


小十郎は「人を指してはいけません」というように扇子の先を下げながら
「言葉に表すことが大切なのでは?」と口を開いて続ける。
政宗は小十郎が何を言いたいのか分からず、脇息に頬杖をついて黙っていた。


「普段口にできない願いを文字にする事で、自分自身で確認するのですよ。これが一番の望みなんだと」
「確認?」
「ええ」


普段は口にしない分どこか諦めがちな願いに対して、叶えてやろうという気持ちが強くなる。
そうして皆行動した結果が『願いが叶う』というまじないになるほどになったと。


「そういうことではないかと私は思いますが」
「なんじゃ、結局は己の力ではないか。くだらぬ」
「ちょっとちょっと!聞き捨てならないわよ!」
!?」
「これはまた大きな笹を取ってきましたね…」


庭の方から怒声が飛んできたので視線をやるとと成実が大きな笹を運び込んでいる最中だった。
そしてが笹を離して縁側まで来たものだから、成実は笹の重さでひっくり返ってしまっている。
その様子に小十郎は「ああ!」と驚いた顔をし、政宗は軽く吹き出したのだが、それはの声によって止められた。


「くだらないって何よ!良いじゃない、素敵じゃない!」
「お前がそう思うのは勝手だ。ただ、わしはそう思わぬだけの事」
「だいたい、どうして政宗も小十郎さんもそう理屈詰めなの!?」
「は、はぁ……理屈詰め、ですか」
「そうそう、ちょっとは素直に信じたらどうだー?」
「……何してるの成実」


縁側まで移動してきた政宗にずいっと詰め寄る
政宗は近づけられたの顔から逃げるように顔を背けて「近いぞ…」と赤くなり、
小十郎はそんな二人を微笑ましく思いながらも、理屈詰めという言葉を気にしている。
庭では成実が笹に埋もれながらの言葉に同感の意を示していたが、の一言に
「お前のせいだろ!?」と声を上げる。


「ほら!手伝えよ」
「はーい。っと、その前に――――はい」
「紙?」
「願い事。二人とも書いておいてね!」


そう言い捨てて庭へと戻っていったは成実と共に笹を立て始めていた。
残された小十郎は手元の紙と笹を交互に見ながら苦笑し、政宗はというと紙を手から解放させ
床へと舞い降りさせていた。


「書かないのですか?」
「書くことがない」
「天下を取る、などはどうです?」
「そんなもの、願わずともわしの物よ」


ふん、と鼻を鳴らす政宗に小十郎は笑みを浮かべる。
政宗は庭で笹と格闘している二人の様子を見ていた。
笹が大きすぎてちゃんと立たないのか、二人は苦肉の策として木の幹にくくりつけていた。


「で、できた…!」
、願い事書いたか?」
「書いた!成実は?」
「俺はまだ。先にお前がつけろよ」
「そうする」


は袖から短冊を取り出し、笹へと手を伸ばしている。
高い所へつけようとしているのか背伸びをしては踵をつけ…を繰り返しており、
政宗はやれやれと腰を半分上げた時。


「しょうがねぇな。ほら」
「きゃあ!?」
「高い所へつけるんだろ?」


成実がひょいと肩にを乗せたのだ。
は驚きながらも、高い所へ届いた事への嬉しさから微笑んでおり、それは最近
政宗が見ることのできないでいる顔だった。
腰を元の位置に落ち着けた政宗は、扇子を一度大きく鳴らした。
それは政宗の怒りなのか、それとも大きな音をたてることによって考えを消し去りたかったのか。
そんな政宗に、小十郎は筆で願い事を書きながら口を開いた。


「…年に一度のこの日を織姫と夏彦は心待ちにしているのですが、雨が降ると天の川の水かさが増して会えないそうです」
「…………」
「では私も」


小十郎は言うだけ言って二人の元へ短冊を持って行った。
笹の前に並んでいる三人の背中を見ていると、急に政宗は一人になった気がした。
庭との距離はそうないはずなのに、随分と離れている気がして………
だが、それでも政宗の足は三人を追うことをしなかった。
背中から視線をはずし、にもらった短冊をただただ見つめていた。








「……随分増えたな」


夜、政宗は庭に出て昼間の笹を見上げていた。
下の方につけたれた願いが政宗の目に映り、つい頭の中で読み上げてしまう。
家のこと、家族のこと。戦のこと、健康のこと……様々な願いがここに集まっていて、政宗は手にしていた短冊に
視線を落とした。そして、意を決したように拳に力を入れ、笹と繋がっている木に登り始める。
笹の高さまで登り切ると、一番てっぺんに自分の短冊をくくりつけた。
そよ風が吹いていて短冊がひらひらと回っているのをぼおっと見ていた政宗だったが我に返り頭を掻く。


「…わしは何をしておるのだ……」


自分の書いた短冊を見つめて思う。
これがわしの一番の願いか……
息を一つつき、木を下り始めたのだが途中で動きが止まった。
揺れている短冊の中に、近い者の名前が見えたから。
これは―――――


「政宗様!危のうございますよ」
「小十郎……」
「?いかがされました?」
「いや……」


小十郎が少し心配そうに首を傾げているのだが、政宗は直視する事が出来なかった。
嬉しさと…恥ずかしさが入り交じって、顔を上げられなかったのだが、小十郎が再度名前を呼ぶと
顔をあげ、消え入りそうな声を発した。


「小十郎……あ…ありがとう」
「政宗…様?何を――――ああ、読みましたか」
「す、すまぬ」
「いいえ。でしたら………頑張ってきてくださいね」
「……いってくる」


それは「行ってくる」だったのか、「言ってくる」だったのか。
政宗にしか分からない事だったが、小十郎にとってはどちらも同じ事だった。


「幸せに……なってください。政宗様」


小十郎は笹にくくりつけられた自分の願い事を口にし、日々大きくなる背中を見送った。






目指した場所には簡単についた。
だがこの時間では……会うことはできないだろう。
政宗はの家の前まで来ておいて中に入れずにいた。
当然、は寝ているだろうし、戸は硬く閉じられている。
に会う術がなく、ずるずると戸口に座り込んだ政宗は空を見上げたが
天には明かりもなく暗いままだった。


「雨が降ったら会えぬ、か………」


今の状況に似ているなと、柄にもないことを思いながらため息をついた。
今日でなければ…わしはまた意地を張ってしまうだろう。
明日ではだめなのだ。今日…今日。今、に会わなければ。
政宗はコツコツコツと指で戸を弾くが聞こえるはずもなく。
…聞こえるはずがなかったのだが…


「誰か…居ますか?」
「っ―――わしじゃ」
「政宗!?」


今日ほど神に感謝した日はない。
戸を挟んで向こう側にいるは政宗がいると分かると慌てて戸口に手をかけたのだが
政宗がそれを制止した。


「こ、このままで良い。聞け」
「嫌よ」
「おい、良いから………」
「イ・ヤ・よ。せっかくそこに政宗が居るのに…会いたいの」
「―――――雨が降っておるから……会えぬのだ」


自分でも何を言っているのか分からなかった。
会いたいのに…だが、会ってしまえば果たして素直に話す事ができるのか…。
政宗に迷いが生じている中、は戸のかんぬきを外しにかかったようで、
戸の向こうで「知らないの?」と問いかける声がかんぬきを外す音と共に聞こえてきた。


「雨が降って会えない時は、二人を哀れんだ無数のカササギが自分たちの身体で橋をかけてくれるのよ?」


が戸を開けた時、政宗はとっさに背を向けていた。
そんな政宗には一歩近づく。


「――――短冊を読んだ」
「読んだの!?ちょっと!」
「悪いか」
「悪いかって………それで、来てくれたって事は期待しても良いの?」
「っ……期待はしなくて良い。するな」


政宗は背を向けたままだった。
期待するなと言われたはふらっと後ずさる。じゃあ何のために――――


「ならどうして――――」
「確信しろ。期待ではなく、確信して良い。わしは……が好きだ」


政宗がそう言い終えると後ろから軽い振動が加わり、女性らしいしなやかな腕が背中から回った。
政宗はその小さな手に自分の手を重ねると、背中でが口を開いた。


「織姫と夏彦は……会えたらまず何をするのかな……」
「そうだな…」


政宗はの腕を解くと身体を反転させ、の後頭部に手を当てる。


「……会っていきなりこれはしないと思うけど?」
「分からぬぞ」


笑った二人は再度唇を重ねた。








「成実!」
「 殿 」
「その……なんじゃ。あのな……」
「?なんでしょう」


わざとらしく咳払いなどして言葉を探している政宗に首を傾げる成実。
政宗は小さい声で何かささやき、成実の横をすりぬけようとする。


「お前を…信頼しておる。わしらで……天下を手に入れるぞ」
「―――――っ一生ついていきますぜ殿!!」


肩に手を回して抱きついてくる成実。
それを見て「私も!」とが混じる。
恥ずかしいと思いつつも嬉しくて、政宗は小十郎に手を差し伸べ……彼はそれを取った。






『政宗様の幸せを願う』
『政宗に一番近い所で居たい』
『ずっと殿のお側でお守りする』








後、政宗はこの七夕というものを皆に奨励し、広げたという。




願いは叶ったのかもしれない
叶えたのかもしれない
変わらないのは君が近くにいることで
変わったのは君が側にいること――――







  END




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一日遅れですが、七夕夢。
七夕の説明は、ウィキペディア参考。。
始めはもっと違う内容の話だったのに…こんな話に;
政宗って難しいですね……;
政宗の願い事は…ご自由に(コラ)

フリーですので、ご自由にお持ち帰りください。

++ 2006/7/8 美空 ++