「 」
躊躇いもなく下の名前を呼んでくる君の声
「 別れろ 」
無表情を装おうとして失敗した君は
「そしたらわしが貰ってやる」
ほんのり頬に朱をさして、私の手を握った――――
解けた想い
「伊達政宗」
初めて名前を聞いた時は、本当に空耳かと思ったのを覚えている。
でも頭の片隅でどこか納得している自分が居たのも事実で、私は驚きつつも
彼は嘘を言っては居ないと確信した。……なぜ、と聞かれても答えられないが。
ねえ伊達君。私たちが出会ったのも、何か縁があっての事だったのかな?
「行く所…ないよね?うち来たら?」
「ふん。貴様、わしによく分からぬ所に泊まれと言うか」
「嫌なら良いけど…」
「行かんとは言うておらぬわ!」
なかなか難しい性格だなと笑みを浮かべてしまい、方眉の上がった彼を見て慌てて
「すぐそこだから」と促した。
家族に彼の事情を話してみると、呑気なのか何なのか、あっさりと快諾してくれたので私も驚きだ。
そこからは……何事もなく今に至る。
私は元々は兄の部屋だった所のドアを数回ノックした。
「入れ」
「伊達君、ご飯だよ」
「ん?ああ」
ベッドの上で姿勢正しく胡座をかいていた政宗は私の声に顔を上げ、読んでいた本を閉じた。
服装も現代のを着ているので、どこからどう見てもただの少年であり、それでいて
右目の眼帯が妙に浮いている。そんな違和感にももう慣れた私は構わず部屋に足を踏み入れて
彼の横に腰掛けた。
「もう慣れた?」
「馬鹿にするな!このベッドとやらも、その突然怪音を発する機械にもとっくに慣れたわ!」
『 RRRR...RRRR...』
「!!!っ………な、慣れた!!」
「慣れてないじゃん」
タイミング良く鳴った私の携帯音に政宗は肩を揺らし、持っていた本を手から滑り落とした。
私はそんな彼に笑いながら画面にメールマークが出ているのを見たが、そのまま携帯を閉じて傍らに置き
「早く慣れなよ」とまた笑いかける。
それがいつもとは違う行動だったせいか、政宗は怪訝そうな顔を向けて問うてきた。
「返事はせぬのか?どうせ電子文なのであろう?」
「電子文って……返事は後で返すから良いの」
「?この前は“すぐに返すものだから”といって人の話し中に触っておったではないか」
「そうなんだけどね。…なんだか最近、後で良いやって思えてきて……」
「馬鹿め!言っている事が無茶苦茶だ」
そう、後回しにして良いわけないって分かってる。
そして、どうしてそういう気持ちになったのかも頭の隅では理解しているのだ。
――― 政宗が傍にいる時は彼とたくさん話がしたい ―――
この気持ちが無意識の内に頭の隅へと追いやられてしまっていたのは、この思いが
どういう意味を持つものなのかを考えたくなかったからかもしれない。
少なくとも、この時は考えてはいけない事だったのだ。
なぜなら、私にはこの時―――――
「ちょっと!?政宗君呼んだなら早く降りてらっしゃい!」
「あ、そうだ。ご飯だったんだ!行こ、伊達君」
「ったく、しっかりせい!」
この時、私には彼氏がいたから。
「政宗君は残さず食べてくれるから嬉しいわ。好き嫌いないのね」
「好む好まぬと言う奴は贅沢なだけだ」
「も見習わないとな?」
「わ、私だってなんでも食べられるわよ!」
正面に座っている父に違和感を感じながらも言い返した私は
いつも父が座っていた席に腰を降ろしている政宗の食べる様子を見ていた。
父が座っていた席…つまりは上座であって。
父はそういうのに無頓着な人柄に加え、歴史好きなのもあり、自分から進んで席を政宗に譲り渡した。
まぁ、伊達君はお殿様だしね。
そんな政宗と父は割とうまが合うらしく、私は少しホッとしている。
最初の頃に比べるとみんなうち解けていて、もう政宗は家族の一員のようにとけ込んでいた。
きっと、みんな政宗が好きなのだろう。みんな………
私は、何か引っかかるものを感じながらも夕飯を終えたのだった。
カチカチカチ……
携帯でメールを打つ音が小さく聞こえる。
彼氏からのメールは素っ気なく、私からの返信も実に素っ気ないものだった。
最近は会えば喧嘩、ちゃんと仲直りするも、少しの事でまた重い空気になってしまう事の繰り返しで
正直、疲れていた。私も……彼も。
それでもずるずるとまだ付き合っているのは……楽しかった時を知っているから。
彼の事が好きで好きで、毎日が楽しかった時を知っているから。
「いつからこうなっちゃったんだろ……」
「何がだ?」
「きゃっ!?い、いきなり入ってこないでよね!」
「断る必要がどこにある」
「どこにって……もう良いわ……」
どこまでも尊大な政宗に呆れながらも更にメールの続きを打っていると
政宗は物珍しそうに私の部屋を見回し始めた。
コンポに恐る恐る触れてみたり、さすがにこれには慣れたのか「“てれび”という奴だな」と
テレビの電源を入れて「慣れただろう」と言うように笑って見せた。
「おい、さっきの話はなんだったんだ?」
「え?ああ、独り言だから気にしないで」
「ふーん……」
「………ねえ伊達君、伊達君は彼女とか居たの?」
「彼女?」
「えっと…恋仲の女性の事」
「あー、恋仲………こっ、恋な……!?」
『恋仲』に反応したのか、政宗の頬がカッと赤くなったのが分かった。
なんだいきなり!と動揺しているのが明かな政宗はベッドに腰掛け、意味もなく
スプリングを揺らしている。そんな様子がまだ少年らしくて何だか可愛らしかった。
「居ないんだ…。戦国時代ってさ、政略結婚とか多かったんでしょ?」
「かっ勝手に決めつけ……!…ん?ああ、まぁそうだな」
「見ず知らずの人とうまくやっていける秘訣って何?」
「わしが知るか!」
やっぱり居ないんだ、と笑うと言葉に詰まった表情をして口を尖らせた政宗は
少し間をおいて、何かピンときたらしく私に向かってニヤッと笑った。
「そういうは、居りはしても上手くはいっておらぬようだな?」
「っ………べ、別に?!そんなことな――――」
「馬鹿め、全て合点がいったわ!」
先ほどの独り言の事を言っているのだろう。
頭の回転が速いのはさすがと言いたい所だが、そんな事まで分かられたのでは
たまった物じゃない。
気付かれた事に対してなのか、いつもと変わらない様子に対してなのか……
私は少しだがショックを受けていた。
なぜショックを?と問いかける自分と、その答えがもう分かっている自分が居るのに気付いた。
………気付いてはいけなかったかもしれない。
違う…違う。
私は、私の好きな人は――――――
『RRR...RRR...』
メールを知らせる着信音。
相手は分かっている。私の………彼氏。
政宗がひょいと携帯を手にして開いたのを見ていたのだが
「返して!」
その言葉を言う前に政宗が私の目の前に携帯を突き出してきた。
目に映ったのは『送信しました』の六文字で……
「、別れろ」
彼は確かにそう言った。
彼お得意の、命令口調で。
私は政宗から携帯を奪うようにして取り返し、震える指で送信済みフォルダを開いた。
「なっ……!どうして…どうしてこんな!?」
「お前を気に入ったからに決まっておろう」
「私の気持ちはどうなるのよ!そんな勝手に……!!」
「知らんな!欲しい物は手に入れるまでだ!」
『RRR...RRR...RR....』
政宗のどこまでも自分勝手な行動に、腹が立った。
……立っていたはずなのだが、段々と政宗らしいと思うようになり。
そう思った途端に、笑いと閉め込まわれていた感情が一気に溢れてきた。
「もう一度言う」
――――ねえ、いつからだろうね
「別れろ」
『みんな、政宗が好きなのだろう』
みんな。
私は……ううん、私も―――――
「そしたら……わしが貰ってやる」
真剣に言うのは恥ずかしかったのかな。
政宗は先ほどとはうって変わり、顔に熱を帯びさせた顔でそう言って私の手を握った。
そんな彼を……好きになっていた。
いつの間にか……好きになってたよ。
私は返事の変わりにキスを送った。
唇を離すとすぐに抱きしめてきたのは、顔を見られたくなかったから?
私は政宗の肩越しに携帯を開き、彼氏だった人からの返事を読んで―――静かに閉じた。
好きだよ、政宗
END
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2626番、戸名瀬ちゃんからのリクエストでした☆
内容解説ですが…
政宗が勝手に「別れよう」というメールを送り
了解の返事が返ってきたという事で……
ちゃんと明らかにしてなくてスミマセン。
戸名瀬ちゃん、リクエストありがとネvv
++ 2006/3/5 美空 ++