ひんやりした物が額の上に置かれたのが分かった。
無意識にそれが何なのか確かめようと手を伸ばすと、
触れたのは冷たい物ではなく、温かく柔らかいもので。
この感触には覚えがあった。
朦朧とした意識の中で政宗はかすかに唇を動かした。
「…………」
風邪のいたずら
何度か目をまばたかせてゆっくりと開いた。
真っ先に目に入ったのは見慣れた天井で。
障子戸から漏れてくる日差しが目に痛くて、慣らすようにまた数回まばたきをした。
重く感じる腕を動かし、額に乗っている物を指でつまみ上げる。
頭がぼおっとするが、それが布だという事は理解できた。
それをまた額にかけ直そうとしたが、急に指の力が抜け布が滑り落ちた。
べちゃ。
言葉で表すならこの音だろう。水を含んだ布が顔面に落ちてきたのだ。
「あー………」
そうか。風邪を引いているのか。
今更ながら政宗は、自分の身体の変化に気付いた。
だるい。顔にかかった布をよけることすら億劫だった。
そして何よりも寒い。
政宗は出していた腕を布団の中に引っ込めた。
……が居たと思ったのだが、それは夢だったのだろうか。
政宗は咳きこむ喉を止められなかった。
「政宗!良かった、目が覚めたんだ」
「…っ……、…」
近くにいたのであろう彼女に気付かなかった。
、と名前を呼んだはずが喉が痛くて声にならない。
そんな政宗に近寄ってきたは顔にかかった布を取り、これも置いてある事に気付かなかった
たらいにつけて絞った。水滴が水面にぶつかる音が聞こえる。
再度それを額に置かれて気持ちいいと思ったが、すぐに自分の体温が布を蒸していくのが分かった。
「熱は……まだ下がらないね」
の指の背が頬に触れた。
「…移るか……向こ…へ……っ」
移るから向こうへ行け、と言いたかったが咳でかき消されてしまった。
喋らなくて良いよ!と恐らく聞こえていなかったのであろうの声が耳に届く。
お前のために言ってるのだぞ、と心の中でため息をついた。
はそんな政宗の心中を察した――――わけではないが、たらいの水を替えてくるねと
席を立った。
障子戸の閉まる音が控えめに聞こえたきり、何も音がしなくなった。
自分の荒い息づかいと、時折出る咳の音だけが耳につく。
政宗はゆっくりと左右に首を巡らせた。
広い畳の部屋には誰も居ない。
「一人……か」
当然だな、と政宗は笑った。
風邪なのだから誰も近づかなくて当然なのだ。
…なのに、小十郎や成実が顔を出さないかと思っている自分が居た。
誰か、傍に居てはくれないだろうかと望んでいる自分に気付いた。
小十郎も成実も、自分が寝込んでいる穴埋めで忙しいのだと頭では分かっているのに。
かまってくれ。
傍にいてくれ。
「…早く来い………」
…願いが届いたのだろうか。
すぐに戸が開き、が顔を出したのだ。
中の水をこぼさないように慎重に水だらいを運んでくる。
だが、それを枕元に置いたかと思うとまた席を立ち、開いたままの戸に向かおうとしている。
そのまま出て行ってしまうのだろうか―――
手を伸ばしたのは無意識だった。
―――否、それはちゃんと政宗の意志によるものだった。
裾を掴まれたは倒れそうになるが踏みとどまり、政宗の方を
不思議そうに見てきた。そして察したかのように優しく微笑み
「あれ、取ってくるだけだから」
そういって廊下に置かれたお盆を指さした。
政宗の目にもそれが映る。
「あ…ああ……」
政宗は裾を離した。
はもう一度安心させるように笑って取りに行き、
戸を閉めて戻ってきた。
そして布を絞り直し、額に戻そうとした。
「政宗……?」
「何―――」
水滴が政宗の頬をつたった。
それは後から後から流れ落ちてきて。
政宗は自分が泣いている事に気付いた。気付いてしまった。
重い身体を返し、に背を向ける。
「こっこれは…布の水滴が垂れっ……!」
また咳きこむ。
言いたいのに。涙ではないと言いたいのに。
思うように出ない声に苛立ちを覚える。
…だがそれはすぐに忘れ去ってしまった。
が政宗の手を握ったから。
「ね、私ここに居るから。傍についてるから」
耳のすぐそばでの声がした。
それは優しくて。優しすぎて。
政宗は身体の向きを直し、自分と繋がっている腕に頭を寄せた。
移るから向こうへ行け
この言葉が彼女に届かなくて良かったと。
そう思ってしまった。
「………うだけ」
今日だけ。
のあいている手が政宗の頭を撫でた。
政宗の涙が、の腕を濡らした。
それは、悲しいからではなかった。苦しいからでもなかった。
がいるという安心から出たもので。
「寂しい」と言えない政宗の言葉だった。
「落ち着いた?」
「………ん」
照れにより、政宗の赤い頬がさらに赤みを増した。
そんな頬に唇の当たる感触がし、驚いて彼女を見たのと同時にむせた。
なんとか治まるとは「そうだ」と思い出したようにお盆を取った。
お盆の上に器が二つ乗っているのが見える。
「薬湯を飲む前に何かお腹にいれよっか」
「……いらん」
「ちょっとでいいから!食べないと身体に悪いよ?」
「そうではなくてだな……いや、それもあるが…」
「?」
「……いや、何でもない。食べる」
政宗はの手を借りて気怠い身体を起こす。
布団の中との温度差に震える身体を抱え込むようにしていると
彼女が上から着物をかけてくれた。
そしてお粥の入った茶碗を手渡され、しばらく粥をじっと見つめるが…
やはり食べるのも億劫で突き返した。
それに困った顔をしたのはだった。その表情を見た政宗はさすがに悪いと思い
もう一度茶碗を受け取り、流し込むように胃に入れた。
持ってきて少し時間が経っていたせいか、冷まさなければならないほども熱くはなかった。
「じゃあ次は薬湯を……」
「いらん」
「いらないって……さっき言ってたのって薬湯の事だったの!?」
「わしはその薬臭いのが嫌だっ」
「〜〜〜薬なんだから仕方がないでしょう!?ほら、苦くないから…」
「苦いのぐらい我慢できるわ!でもその匂いは…」
急に叫んだのでふらついた。
がとっさにその身体を支える。
自分一人では座ってもいられないのかと、病に負けている自分の身体を
忌々しく思った。
そんな政宗を見たは、ほらみろと言わんばかりに薬を押しつける。
「はい!飲まないと治らないよ?」
「や…しかし…」
「政宗」
「……分かった」
観念した政宗は薬湯の入った器を受け取る。
匂いが嫌いなくせにわざわざ確かめるように容器に鼻を近づけるという
矛盾した行動をとり、そして瞬時に突き放した。
そう、これ。この匂いが嫌なんだ、と眉間にシワを寄せた政宗は
今度は匂いをかがないように片手で鼻をつまんだ。
そして口で一息吸い、薬湯を一気に流し込む。
しばらく鼻をつまんだまま居たが、ようやく離し容器をに渡した。
満足そうな彼女の笑みが空の容器を迎える。
「飲めたじゃない」
「…早う治したいからな」
笑うがまだ眉間にシワをよせている政宗に近づいた。
よくできました。
唇が啄むようにして重ねられた。
そしてそれは長い間離れなくて。
互いに息が苦しくなったら角度をかえ、向きをかえ。
ついに政宗の力が抜け、ゆっくりと布団に横たわった。
の顔が上にくる。
政宗の腕が彼女を自分の上に引き寄せた所で、ようやく二人の唇は離れた。
「……おやすみ」
「…眠れぬわ馬鹿め……」
「元気になったら、ね」
政宗が動けないのを良い事に、はもう一度軽く口づけをして上から退いた。
治ったら覚えていろよ。
風邪の熱と更に違う熱で更に赤くなったのが分かる。
その顔を半分だけ布団で隠した政宗はを睨んだ。
は照れ笑いをよこし、隣で同じように横になった。
その行動に政宗は眉を寄せる。
「…畳の上で痛くないのか」
「だって布団に入ると襲われちゃうから」
「―――襲われたのはわしっ………」
すっかり忘れていた咳が出てくる。
もう何も言わず寝る事にした。
治ったら覚えていろよ、と心の中でもう一度呟いて。
そして、ちゃんとここに居るからというように手を握ってきたと共に
政宗は深い眠りについた。
後日、風邪がに移り、政宗が又もおあずけをくらったのは
言うまでもない事である。
END
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・○
1771番、シキ様よりリクエストの戦ムソ政宗でした☆
始めは「ご飯を食べさせてあげる」「薬を口移しで飲ませる」
というお約束をするつもりでしたが…お約束すぎてやめました;
期待されていましたら申し訳ありません;;
…そっちの方が甘々だったカナァ;
よろしければ貰ってやってください!
リクエスト、本当にありがとうございました(*≧∀≦*)
+2005/10/31 美空+