じゃあ、また後でな
 
 
家で……待ってるね






そう言って別れたのが二時間前。



ピンポーン



玄関の呼び鈴が今一つ鳴る。

すぐに扉の向こうからパタパタという足音が聞こえてきて

あいつはすぐに顔を出す。








「いらっしゃい、政宗」

「っす」















   謹賀新年














つい先ほどまで会っていたのに、こうしての家へ来てまた会う。

それが何だか可笑しくて、少し照れながらドアを開けたに軽く手を挙げたのだが

わしの顔を見たは一瞬微笑んだかと思うとすぐに固まった。

毎年おせちを喰いに来ておるではないか。何をそんなに――――








「政宗……着物だ」

「ん?ああ、気分一新のため、な」

「ど、どうやって着たの?」

「一人で着たに決まっておるだろ!他に誰の手があるっ」








新年早々、こいつは何を馬鹿な事を言っておるのだ。

身体の前で袖に手を入れながら呆れているとは「そうだね」と頷きながら

入るように手招きしてきた。

袖から手を出してそれに従い、足を踏み入れ「邪魔する」と軽く頭を下げた。

まぁ、礼儀だな。








「一人で着られるんだね…」

「まぁな」

「……格好良いよ」








下駄を脱いでいる所へサラッと言ってくるものだから、危うく聞き流す所であった。

ちゃんと聞こえたのだが思わず聞き返してしまい、少し照れ気味のと目が合った。








「似合ってる…から、格好良い」







は馬鹿だ。

せっかく気を引き締めて来たのに、たった一言で解きにかかってくる。

新年の、それもまだ玄関なのだから我慢ぐらいさせぬか!

わしは男心をくすぐるような事を言ってくるの口を塞いだ。

――――塞ぐつもりだった。








「ちっ、やっぱり政宗か。いつまで玄関に居るつもりだよ」

「出たか弟」

「弟って言うな」







不機嫌そうな顔をして現れたの弟のおかげで、コトは未遂に終わったが……

それで良かったのかもしれぬ。

「姉ちゃん、母さんが呼んでたぜ」と言い残して奧に引っ込んだの後を

勝手知ったる家というようにより先に追おうとしたのだが。








「政宗!」

「なんだ」

「…あとでね」








そう言っては母親の所へと向かっていった。

残されたわしは力なく壁にもたれかかって口元を手で覆った。

『あとでね』と言ったは人差し指で自分の唇に軽く触れていた。

言葉だけなら何とも思わなかっただろうに。

…あいつはわしの忍耐力を試しておるのか!?

そういう気すらしてきて、軽くため息をついた。

顔が熱くてもう酔っている感じだ。









「ため息なんてついてんじゃねーよアホ政宗。さっさと来いよ」

「……そんなに早く来てほしいのか」

「ばっ…馬鹿言ってんじゃねぇよ!手前ぇなんて帰れ!!」

「帰るか馬鹿め!」








相変わらずな弟の憎まれ口に反論しながらものいる座敷へと足を運んだ。

言われたい放題言われているように見えるだろうが、別に腹は立たない。

…立たなくなったというのが正しいな。

座敷に入ると、おせちや酒などの準備ができあがっていて、

わしはいつもの座に座った。









「…お前、昨日姉ちゃんと一緒だったろ」







目だけをわしに向けて睨んでくるにつられて、わしも眉間にしわを作った。

なぜ、と思っているのが伝わったようで、は鼻で笑ってきた。







「あんな近くで待ち合わせてたら見えるっつーの」

「ああ…なるほどな」

「ったく…ムカツクぜ」

「このシスコンめ」

「悪いかよ」







ようやく正面切って睨んできたに言葉を返そうとした所へ

現れ……わしは言葉を失った。それはも同じようで。







「もう!喧嘩しないでよね」

……」

「姉……ちゃん…」








晴れ着姿のに目を奪われたわし達は口論もやめ、ただただの動きを

目で追うばかりだった。

そんながわしの隣で正座をしたのでわしも我に返り、座り直した。

わし達は同時に前へ手をつき、頭を下げた。








「明けましておめでとうございます。昨年はお世話になりました」

「今年もよろしくお願いします」

「……どう?」

「…似合っておる」







顔を上げたわし達はしばらく正座したまま向き合っていた。

顔はお互いに真っ赤で。

が「俺も着物、着よっかな…」と呟いたのが耳に入った。






「まぁまぁ、あんた達は毎年よくやるわねぇ」

「お母さん」

「新年、おめでとうございます」

「お。政宗君、きまってるじゃないか」

「お邪魔してます」






二人への挨拶をすませると、それぞれ座に座り直しの父親に合わせて

皆で新年の挨拶をした。これは毎年恒例だ。

わしは隣でおせちをつついているに声をかけた。







「悪いわけないぞ、

「……あんた、ムカツクけどお似合いだよ。姉ちゃんと」






俺もあんたみたいに着こなしたいね、着物。

そう口を尖らせて言うだが、照れ隠しだというのは長年の付き合いで分かってきた。

わし達は猪口を持ち、酒を呑み合った。



ここの家族はあたたかい。



























「家じゃ大人しいよね、政宗って」

「あー…そうか?」

「うん。笑える」







初詣に向かう途中、がそんな事を言い出して笑った。

こいつ、わしの気も知らんで……

…言ってみたらどんな顔をするだろうか。わしの気持ち。









「不興をかいたくないだけだ」








娘はやらん!とだけは言われとうないからな。


…そこまでいうつもりはなかったのだが、口が自然と動いていた。

今、言わねばならぬということか?

何の反応もないに少し肩を落としたのだが、それはすぐに上がった。

が、腕に寄り添ってきたから。








「撤回。笑えない。笑わない」

「そうしろ」







しばらく下駄の音しか響いていなかったのだが、神社が近くなったせいか

人の賑わいが伝わってきた。

わし達は参拝のために人混みに混ざり、列に並んだ。

初詣の賑わいは相変わらずで、はぐれてしまわないようにわし達は手を繋いだ。








「政宗は何をお願いするの?」

「わしは―――」

「打倒真田……であろう?のう、政宗」

「どわぁああっ!」







後ろから聞き覚えありまくりな声がして、振り向きたくは無かったのだが…

振り向かないわけにもいかず。嫌々ながらも振り向いたわしを待っていたのはやはり

顧問の織田で。隣には保健医の帰蝶先生が居た。







「神頼みなどせぬとも勝つわ!……か、ちます」

「ほぉ…。頼もしい限り……だ。して政宗、年賀状は見たか」

「い、いえ……」

「くっく。そうか」







怖い。帰るのが…ポストを見るのが怖い。

ちらっとの様子を窺うと、楽しそうに帰蝶先生と話をしていた。







「帰蝶先生、お二人で初詣ですか?」

「ええ。あなた達も仲が良いわね」

「えへへ」







そんなに助けを求めるわけにもいかず結局後ろに恐怖を背負いながら

わし達は願い事をした。

その後はの手を引いて逃げるように立ち去ったのは言うまでもない。








「だ、大丈夫?政宗…」

「あ、ああ…」

「気を取り直しておみくじでもしようよ」

「………」








重い気分というものはくじにも影響するのだろうか。

引いた結果は小吉だった。








「……これは良いのか?」

「あ、私は中吉」





ぱっとしないねーとは笑いながら木に結ぼうとしている。

わしはのくじを受け取り、高いところへ二つともとも結んだ。

木には他にも沢山結ばれていて、これらもわしと同じような気分で結ばれたの

だろうかとふと思った。






「中吉と小吉、合わせて大吉」

「?」

「二人で大吉……なんて、思ったりしたのデス」






えへへ、と笑っているがわしを支配しているのが今更ながら分かった。

がいれば…小吉だろうが何だろうが、関係ないと思えた。






「お前…可愛い事言い過ぎ……」

「え!?だ、だって……」

「だが…うむ。お前が居れば良い。それだけで良い」

「政宗……」

「でーも、愛の力じゃうちの真田には勝てないよン」

「!お前は真田とこの……!」







突然わって入ってきた人物の顔をみると、にやにやと笑っている女だった。

…こいつは確かマネージャーの……






「おい、くのいち。あまり絡むな」

「真田!!」

「伊達…新年おめでとう」

「ああ……って違うわ!!」







なぜわしがこいつと和気あいあいと挨拶などせねばならんのだ!

真田を睨みつけていると、くのいちが不敵な笑みを向けてきた。








「神様にお願いしといた方が良いんじゃな〜い?」

「やかましい!そんな事せぬともわしは勝つ!!」

「にゃはは、じゃあ賭ける?ちゃんでも」

「なっ――――!?」

「こら!お前はどこの悪役だ」






真田のげんこつがくのいちの頭に落ちる。

……まて。こいつの言い草ではまるで真田はの事を―――

嫌な考えが頭に浮かび、慌てて真田を振り返るとと話をしていて。







「うちのマネージャーが失礼な事を」

「いいえ、政宗こそ失礼を」

「〜〜〜帰るぞ!!」

「え!?う、うん」







こいつとのツーショットなんて見てられん!

わしはの手を掴んで二人から離れようとした。

そこへ真田の声がかかる。








「伊達」

「なんだ!!」

「試合でまた会おう」

「……その時はわしが勝つ!!」







下に向けた親指を見せつけて宣戦布告し、さっさとこの場を離れた。








「おおっとぉー。これは気合いを入れなきゃいけませんぜ〜?」

「そうだな。私もまだ負けたくはないからな」







そんな会話は、すでに遠くにいたわし達には聞こえるはずもなかった。


























「やっぱり初詣はいろんな人たちに会うね」

「会いすぎだっ」

「あの人たち、付き合ってるのかな?」

「だったらお前を賭けたりせんだろうが!」

「…何怒ってるの?」







怒っているわけではなかった。

いや、から見れば怒っているように見えたのだろう。

焦っていた。そう、真田の余裕っぷりに。

わしは無意識にと繋いでいる手に力を込めていた。

真田のへの気持ちも気になってもいたから。








「私が付き合ってるのは政宗」

「…?」

「好きなのも政宗。応援してるのも政宗」









足を止めて、まじないのようにゆっくりと…はっきりとそう言ってきた

たったそれだけなのに、落ち着いてきたわしの心は単純なのか、正直なのか。









「………したい」

「え?」









小首をかしげて何?と聞いてくるの耳元に口を近づけてもう一度

ゆっくりと言ってやった。
















「キスしたい」














わしは返事も待たずにの唇をかすめ取った。

その程度で我慢したのは、ここは往来だから。初詣帰りの人がよく通っている。

そう、それで終わるはずだった。









「後でって……言ったじゃない」

「もう十分後ではないか」

「……するならちゃんとして」

「―――――っ」








今度はが背伸びをしてキスをしてきた。

そこまでされて我慢していられるほども、わしは大人ではない。










「好きだ、

「知ってる。……私の気持ちは?」

「知っておる。……十分に」

「大好きだよ、政宗」











今年もよろしく。来年もよろしく。

ずっとずっと一緒だね、と笑ったお前が愛おしい。





















  + おまけ +






「あ、政宗。織田先生の年賀状発見」

「!!い、いらぬ……!」

「もう、何言ってんのよ」

「みせっ……見せるなぁあ!!」









 『 初稽古は三日から……だ 』









「あ、赤紙だ……」

「ちょっ…政宗!?しっかりして政宗!!」















それでも生真面目に三日から練習に行った政宗の姿があったとか。









   END




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昨年度は大変お世話になりました!!
今年もどうぞ、「空色キノコ(毒)」をよろしくお願い致します★

リオンちゃんに捧げた「0:01」の続きっぽくしています。。
設定はやはり剣道部。
政宗の顧問が織田で、濃姫は保健医。
幸村の顧問が光秀で、くのいちはマネージャー。
他の人の設定は……まだできていません;

初稽古を二日にしようか迷って、可哀相だったので三日(笑)
織田はスパルタということで。。

皆様にとって良い一年になりますように…。。


               ++ 2006/1/1 美空 ++