「今日は何かあるのか?」

「きっと祭りにございましょう」






息子の矢の鍛錬を見ていた政宗は、外の賑やかさに疑問を持った。

は矢をつがえるのをやめ、父親の方を振り向いて返事した。

祭りと聞いた政宗は顎に手を当てて考え込む。

そしての顔を見て立ち上がった。






「……、母上の所へゆくぞ」

「は…?」




















   祭り・大樹・花火














「お祭りですか?」

「ああ。どうだ、行かぬか?」







政宗はと共にの殿に渡り、祭りのことを話して誘った。

更に、も行きたがっておるぞと言いたいのか、息子の肩を抱き寄せた。

は困惑顔の息子と夫を見比べてため息をついた。









「…殿が行きたいだけではございませぬか?」

「―――行かぬのなら別に良いぞ?か姫を連れていくからな」

「いきたーい!」






ててて、と笑顔で駆け寄ってきた娘も抱き寄せ、政宗は仲間に入れたとばかりに

フフンと笑ってを見た。

は少し膨れ、拗ねたようにそっぽを向いた。








「お好きになさいませ」

「〜〜冗談だ!…二人で行こうにも、こいつらを置いては行けぬだろ?」







政宗は慌てて二人を放し、拗ねてしまった妻の耳元で小さく囁く。

本当は二人で行きたいのだと、そういうことを言いたいらしい。

口を尖らせたままだが、それでも政宗の言葉は効果絶大のようで、

はほんのり頬を赤く染めて頷いた。

ほっとした政宗はのこめかみの辺りに一つ口付け、子供たちに

「支度しろ」と言った。



















「たいそうな人ですね…」







はそう驚きつつも、懐かしさで顔を緩めた。

しばらく立ち尽くしていた伊達一家だが、後ろから次々と来る人の波につられて

歩を進めだした。

ははぐれないようにと娘の手を取ってしっかりと繋いだが、

人波に押され引かれで手を繋いでいるのが困難になってきた。

そんな様子を見た政宗は少し波を外れて立ち止まらせた。










「姫、来い」







そう言って手招くと、姫は素直に父の元へと歩み寄る。

政宗は目の前で立ち止まり、小首をかしげている娘の体を軽々と

持ち上げると肩に乗せた。









「ちょっ…姫は女子ですよ!?」

「構わんだろ。怖いか?」

「ううん!ちちうえ、たかい!」

「ははっ!見よ、女子のくせに肝が据わっておるわ!」

「もう…」








困ったように眉を下げただが、口元は笑っている。

よほど精神が大人なのか、も羨ましがる様子もなく笑っていた。

はこの出来すぎた心をもつ息子を親としては少し物寂しく感じたのだった。

何はともあれ、一家はまた波に合流し、歩き始めた。










「あ、ほら殿!ご覧くださいな!」

、危ないぞ」

「平気ですっ」








まるで子供にかえったようにはしゃぐ妻を見て政宗は微笑する。

連れてきて良かったと思う。

まるで昔に返った気分になり、の手を取ろうとしたが

両手は娘の足を支えているため離すことは出来なかった。

それを察したのか、は母親の袖を軽く引く。









「母上、危のうございますよ」







父親と同じ台詞を息子の口から聞いたは、袖を掴んだままの

振り返る。

その表情は、にこやかだ。









「昔はその台詞を父上に言ったものです」









その時の事を思い出しているのか、は笑いながら政宗を見る。

政宗はばつが悪そうに頬をかき、の笑みから逃げるように近くにあった

団子屋の主人に話しかけた。

人数分を頼んみ、包装されるのを待っている間に財布を取り出そうとする。








「手を離すなよ?」

「あい」

「!!っ―――髪を引っ張るでない」

「??」






どうしたら良いのか分からなくなった姫は腕を回して父親の額に手を落ち着けた。

落ち着けたつもりだった。








「………」






姫の手があたったのは額ではなく目の位置で。

政宗はもう何も言わずに財布を取り出し、娘の左手を少しずらした。

少し、視界が開ける。









「旦那、娘ってぇのは良いもんだねぇ」








団子の包みを差しだしながら、始終見ていたのであろう店主が笑っている。

政宗は差しだされた包みと代金を交換しながら「まったくだ」と

微笑み返した。









「子供は…良いものだ」

「へへっ、旦那。良い父親してるねぇ」







ありがとうごぜぇました!


店主の言葉を背に受けながら二人のもとへと戻ると、珍しく

が顔を赤くして笑っていた。

嫌な予感がする。政宗はそう思った。










「ち、父上がそのような…?」

!まだ話しておるのか!!」

「ちょっとした…昔話ですよ」







昔話、といっても自分が笑われているのであろう事が分かるので

政宗は良い気分ではない。

むすっとふて腐れ、ようやく笑いのおさまったの隣に肩を並べた。

姫が頭の上に顎を置いてきたのが分かる。

そんな姫を構いつつ、ふと視界に入ったに焦点を合わせると、

じっと何かを見ていた。

同じように視線を向けると、どうやら小物屋のようで。

政宗はを見た。

もまた父親を見上げる。










「父上、私が代わりましょう」

「ん。すまぬな」










察しの良い奴だ。


心内で感心しながらゆっくりと姫を肩から降ろす。

姫は少し不服なのか、頬を膨らませたが、兄が手を繋いでくれたので

嬉しそうに表情を一転した。

はそんな妹の手をしっかりと握りしめてこちらを向いた。

政宗はにだけ分かるように小さく頷いてみせた。











「はい?」

「どれが良いんだ?」

「―――殿?」








が驚いた表情でこちらを見た。

そんなに意外だったろうかと、政宗は自分で言った言葉が気恥ずかしくなり、

の視線から逃げるように懐の財布を確認した。

も目線を落とし、遠慮がちに口を開いた。

自然と声が小さくなっている。








「わ、私などより子供たちに……」

「あとでな。…欲しいのだろう?」






違ったのか?



があまりに遠慮しているので自分の思い違いだったのかと

不安になる。

だが、その不安もが首を振った事によって霧散した。








「良いのですか?」

「何度も言わせるな」

「殿……」






じゃあ、これを…。




が手に取ったのはくしだった。

代金を払い終えると、もうそれはの物で。

両手に乗せると余る大きさのそのくしを嬉しそうに眺めているが、

政宗には愛おしかった。

ちょっとした幸せがこんなに嬉しいのは、歳をとったということなだろうか。

はたまた、まだまだ仲が良いという事なのか―――。

だが、そんな幸せな時間を一気に緊迫したものへと変える出来事が起こった。

起こってしまった。











「―――殿、あの子たちは……!?」

「!?」









の言葉に振り返ると、傍にいると思っていた子供たちの姿が

忽然と消えていたのだった。

の顔色がみるみるなくなっていく。










「ど、どうしましょう殿…!あの子たちとはぐれて―――!!」

「―――落ち着け、

「落ち着いてなんかっ」








いられません、と人をかき分けて探そうとする妻の腕を掴んだ。








「わしとお前まではぐれてどうする!いいから落ち着け。姫にはがついておるではないか」

とてまだ子供ですっ!!」

は男だ」







男だ。


自分にも言い聞かせるように再度呟いた。

心配していないわけではない。

それは息子というよりは、一人の男への信頼だった。

すっかり黙り込んでしまった二人は首を左右に巡らせながら奧へと進んでいく。

それでも、子供達の姿は見つからなかった……。

と、その時が何かを思い出したのか短く声をあげた。












「もしかしたら……あそこでは」

「!?どこだ」

「あの…大樹のところですよ」

「大樹…とはまさかあの?」









政宗は大樹と聞くと、昔の思い出が頭によみがえってきた。

昔、とこの祭りに来てはぐれた事があったのだ。









「先ほど丁度その話をしていたので…」









ああ、団子を買っている時か。と政宗は合点がいったように数回頷いた。

そしての顔を一度みて歩き出した。











「そこへ行くぞ」






























「あ、父上。母上」

「ははうえー!」

「〜〜!姫っ!」







姫が勢いよくの棟に飛び込む。

はその小さな身体を強く抱きしめると、姫は関を切ったように

泣き出してしまった。

はそんな二人の後ろからゆっくりと歩いて近くまで来た。









「ここで待っていて良かったです」








は微笑しながら続けた。







「母上の話で、父上達もここで出会えたとのことでしたので…
 あやかってみました」





…本当に見つけてもらえて良かった。




目の前でほっと息をついたの肩がかすかに震えている。

政宗は父親のまえで“男”を保とうとしている息子の頭をそっと引き寄せ

数回優しく叩いた。










「良い判断だ。―――よくやった」









男として褒めたのか、父親として褒めたのか。

普段、一個人の男として接しているため、がどう感じたかは分からない。

分からないが、政宗の心中は後者としての思いが強かった。

が着物を強く握ってきたのが分かる。

普段大人びているので、可笑しいのだが、今この息子を幼いと思った。

政宗は息子から視線を外し、大樹を見上げた。







(大きいな…相変わらず)






昔ほども大きく感じることはないはずなのだが、政宗は昔と変わらない

思いを目で伝えた。

も顔を上げて政宗の視線を追う。

その時、まばゆい光とともに大きな音が腹に響いた。








「父上…花火が」

「ああ。姫、、見よ。花火だ」








二人が大樹を振り返る。

大樹にかかるか、かからないかの高い高い花火であった。

政宗は、昔見た物と同じくこの日の花火も忘れないであろうと思った。

隣にはが居て、目の前で兄妹が仲睦まじく居る。

政宗は、心境を現したように三人を引き寄せ、また上がる花火を見つめていた。










「祭りの夜は、まだ長い」

「そうですね」

「ちちうえーこんぺいとう!」

「あ…わ、私も欲しゅうございます…!」

「よし、では行くか」
   











四人の後ろ姿が、提灯の明かりの海に溶けて消えた。













   END











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1881打、リオン様のリクエストでした☆

お祭り…と言うよりは迷子ネタになってしまい申し訳ありません;;
無双政宗の面影が微塵もありませんが(コラ)楽しんで頂ければ
嬉しいです★

リクエストありがとうございましたvv
2121打の現代版も引き続きお待ち下さいませ。。


                ++ 2005/11/17 美空 ++