月明かりの下で / 後










ここ数日、城内は慌ただしかった。それも、今日は特にである。
朝からこの慌ただしい雰囲気が続いており、女官などもいつも以上に
忙しそうに歩きまわっていた。










なぜ。それはそうだ、今日は我らが殿、孫堅殿の誕生日であるのだ。
数日前から孫策さんを筆頭に、贈り物をどうするか、宴の内容はどういうふうに
するかなど、各々考えたり、用意に走ったりとバタバタしていた。








かく言うオレもそうなのだが、ただでさえ忙しいのに荷物持ちとして
買い物にかり出されたりで忙しさ倍増。まぁ、殿の誕生日だから文句は言わねぇけどよ。
むしろ、体を動かしている方が性に合っている。

あいつも…もそうだろう。飯を喰いに行ってから、何やら様子がいつもと
違う日が続いていたが、今日は姫さん達と宴の内容を考えたりしているみたいで
楽しそうである。同じ「頭を使う」でも行事ごとに使うのは楽しいのだろう。
そりゃあそうだ。執務なんかより、こっちの方がよっぽど良い―――















「ちょっと甘寧!!手が止まってるわよ!はやくしないと父様が帰ってくるじゃないっ」

















姫さんの叱咤の声が飛ぶ。
毎年、誕生日の祝宴をやっているのだから別に隠さなくても…と思ったが、
姫さん曰く「気分」だそうだ。毎年やっていても、やっぱり驚いてもらいたいと。
そういう事らしい…。





ここからの甘寧はというと、尚香や孫策の指示が矢のように飛び、あっちに走り
こっちに走りと、バタバタしている内に夜が更けた。

























「みな、礼を言うぞ。この歳を祝うというのも何だか変だが
 それでも人に祝ってもらうというのは嬉しいものだな」















孫堅が少し照れた様子で感謝の言葉を述べる。
そのあとはと言うと、飲めや騒げやの状態になって、わいわいやっていた。
いつしか話題はこの前の戦の話になり、共に戦いやすいパートナーの話になっていた。
















「俺はよぉ、やっぱ周瑜だな!」














だてに長いこと親友付き合いやってねぇぜ!と言い切った孫策。
















「孫策、君のパートナーはとても疲れる」















肩をすくめて言う周瑜に、なんでぇ俺の片想いかよー…、といじける孫策の様子に
みんなどっと笑う。















「なぁ周瑜、お前だって俺だろ〜?」

「はいはい」















絡む孫策を軽くあしらっている周瑜だが、どうやらまんざらでもないようだ。

















「甘寧はどうなんだ?」














話をオレにふられ少し考えるが、やはりアイツしかいない。










「オレはやっぱっすかねー」

「お?やはり惚れた女は他とは違うか?」













からかう呂蒙に便乗し、ニヤニヤと笑っている面々。














「惚れ?そんなんじゃねえよ。あいつは……とオレは―――」













互いに性格を分かっていて、足りない部分を補い合っている。
孫策さん達のような、親友―――というわけでもない。
なんというか、互いに刺激しあい武力を高め、競ってゆく―――













「そう、戦友だ。それにオレはを女だと思ってねぇし。
 ってか、思えねぇよな〜普段のアイツ見てるとよ」














その辺の奴らよりよっぽど男気があるぜ〜とケラケラ笑っていると
隣で座っている陸遜が気づいたように声を発した。















「そういえば、その殿がいませんね」

なら宴の余興の準備に行ったけど…おかしいわね、もう結構たつわよ…」
















尚香が首をかしげて答える。













「ったく、何やってんだよ…よし、オレが引っぱってきてやらぁ」













すっと立つと酒のせいか少しふらついたが、扉に手をかけ勢いよく開けた。













「わっ……と、甘寧?」

「?…………?!」














扉を開けると目の前に驚いている女が立っていた。よく見るとその女は
自分が今から呼びにいこうとしていた奴本人で。
一瞬、誰だか分からなかった。というのも―――










「遅いじゃないっ………?」

「あ、あはっ、こんな服慣れてなくて…みんなの前に出るのが恥ずかしくなってさぁ、
 扉の前でいつ入ろうか考えてたの」













―――そう、は普段の格好ではなく、きちっと正装していたのだ。

そう何度も袖をとおした事がないであろう服装で現れた
その姿に……いつもと違う“女の顔”に……なにより、恥ずかしいとはにかむ
微笑みに……甘寧は視線を外せずにいた。

驚きで声が出ない。
それは皆同じらしく、賑やかだった部屋が静まりかえった。
そんな中、すっと甘寧の横を通り抜けて孫堅の前まで歩み寄った。














「宴の余興として、殿に舞を披露したく存じます」















ゆっくりと一礼して踊り始めた。普段の彼女からは想像できないような
静かで――美しい舞だった。

後になって聞いたのだが、物心ついたときから母親と共に踊っていたらしい。
どんな理由があって武術に目覚めたのやら……そのくらい、辞めるには
もったいない舞だったのだ。




















踊り終えたあとはというと、拍手の嵐。
わあっと盛り上がり、またもやどんちゃん騒ぎの再会であった。



















少々、酔いのまわってきた甘寧は酔いをさますためにフラフラとおぼつかぬ
足取りで部屋の外へと出た。すうっと吹く風が心地よい。
人の気配を感じたので目をやると、いつ宴を抜けたのか、が欄干に
腕をのせて庭を見ていた。

向こうも気づいたのか、ふっとこちらを向いた。軽く手をあげ、また視線を戻す。
いつもと違う横顔に、自然と口が開いた。
















「綺麗…だな」

















一瞬きょとんとしただが、すぐさま嬉しそうにパンッと手を合わせた。














「そうでしょ?!私、夜のこの景色が気に入ってるの」

「…は?」

「え?」

「あっ――――」

「……え……?」















自分で言った言葉の恥ずかしさに顔を手で覆い、うつむく。
しばらく何の反応もないので、チラッとを見ると―――

















月明かりでもはっきり分かるぐらい真っ赤になっていた。














「か、顔赤いぞ…」

「か、甘寧こそ…」
















向こうにも分かるぐらいオレの顔も赤いらしい。
それを聞いて、自分の顔が更に熱を帯びたのが分かった。





















「……もう一回言って?」




















それは、恥ずかしさで消え入りそうな声だった。
しかし、その声は夜の静けさによりはっきりと甘寧の耳に届いた。
照れて泳いでいた二人の視線が絡み合う














「……っき…キレ……」













必死で言葉を紡ごうとする甘寧。
が、の目を見ていると更に恥ずかしさがこみ上げてきて…限界を超えた。
の両肩に手を置き、うな垂れた。














「むっ無理だ!言えって言われても!オレ……こういうのは苦手…だ…」














頭の上でくすっと笑う気配があり、そっと伺うと、手で口元を押さえて笑っている
が目に入った。
















「そうよね。でも…ふふっ、そういう甘寧だからこそ嬉しかった」















また、くすくすっと笑っていた。

笑い顔なんて何度も見てきたけど、いつも豪快に笑っていた。
そういうのもらしいと思っていた。
なのにこんな…こんな女らしい顔するなんて―――











「でも、いつぞやの女の子には可愛いって言ってたくせにね」

「あ、あれは、これからは気を付けろってことで忠告をだなぁ……」

「はいはい、そういう事にしておくわよ」












ずっと…男みたいだと思っていたんだ。
そう、あいつは戦友なんだ。
隣に居るのが当たり前な特別な存在なんだ。特別な…










今まで知らなかったモノが身体の奥から一気に溢れてきている。
そんな何ともいえないモノを感じていた。
それの名前をオレは……まだ知らない。









あいかわらず、恥ずかしさでの顔を直視できないでいたオレは
次の言葉で思い切り顔を上げた。




























「ねぇ私さ、甘寧が好きよ」

































そう言ったは、今まで見たことのない綺麗な顔で笑った。























オレはというと、の発した言葉の意味をすぐに理解できず
その場に呆然と立ったまま、微笑んでいるを見ていた。



















身体の奥にできた知らないモノの名を

教えてくれるのは彼女かもしれない













              End








後編までお付き合いありがとうございました!
一応、これで終了です;
夢主の性格、前編と180度違うぞ?(汗)
友人には「甘寧、鈍すぎ!」と言われちゃいましたが(笑)
いかがでしたでしょう?

こんな甘くもない、ぬるい物(でも傾向では甘いになってる)でも
楽しんで頂けると嬉しいです;


                           ++美空++