「あにうえーおはなさん!」
「母上のために摘んであげようか」
「うん!」
一人の少年とまだ幼い少女が手を繋いで駆けていく。
その後ろで男と女が二人の様子を見て微笑んだ。
睦まじくあれ
花に埋もれている子供達の高い笑い声が二人の所まで届く。
中肉中背で長身の男――――政宗は身体をかがめ、取り出した敷き布を草の上に広げる。
そして女の顔を見上げた。
その視線を受けた女――――はありがとうございますとはにかんで述べ、
敷かれた布の上へゆっくりと座った。
それを見届けた政宗は自分も隣に腰を降ろす。
「殿もこちらにお座りくださいな」
は少し座る位置をずらし、敷き布の空いた所を叩いた。
政宗は笑みを作って正面を向く。
子供達の楽しそうな光景が目に入ってきた。
「男は着物を汚すものだ」
「ま」
そんなお殿様は初めてです、とも笑みながら子供達に視線を向けた。
二人が見ているのに気づいたは妹に教えてあげ、二人で一緒に手を振った。
がそれに答えて手を振り返す。
政宗は扇子を出して数回扇ぐが、丁度良い風が吹いてきたので手元のそれを
閉じ、隣に置いた。
「元気ですね」
「ああ。…そのように育ててくれた事…礼を言う」
政宗が横目でを見ながら少し照れくさそうに述べた。
どうやら礼を言うのには慣れていない様子。
そんな政宗にも横目で見ながら返した。
「そんな事言われたのは初めてです」
「〜〜わしだってな、言わないだけでいつも感謝しておるのだぞ!?」
「感謝の気持ちは、仰ってくださらないと分からないものですよ?」
「………」
はぁ、と政宗は一つ息をついた。
そして、言ってみてくださいな、というようなどこか楽しげな笑みを向けてくるの肩を
抱いて額に唇を当てた。予想外の出来事に驚いた彼女の目元にも続けて唇を落とし、
更に頬の位置まで下がる。
されるがままのはくすぐったいです、と笑いながら身をよじった。
「あにうえ!ちちうえと、ははうえはどうしたの?」
「―――見ちゃだめだよ。あ!ほら、あそこの花も摘んでいこうか」
「あい!」
深く考えずに花摘みを再開した妹を見て、は安堵の息をもらした。
そんな息子の気遣いも知らない両親の睦み合いは、政宗がの顔を正面に向け、
顔を近づけた所で彼女が待ったをかけたので止まる。
一度二人の間に距離ができた。…少しだけ。
「こ、子供達がいますよっ」
「見ておらん」
「殿…」
の困った表情を見て、少し考えるように視線をずらした政宗の視界に何かが映った。
ふむ、と小さく声を出したかと思うと「これなら良いだろう?」と肩を抱いている手とは
反対の手で置かれていた物を掴んだ。状況を掴みきれていないは、片手で綺麗に
開かれた扇子を目にし、次に見たのは笑っている政宗の顔…いや、目しか見えなかった。
「ん……」
「…これなら見えぬであろう?」
「……もうっ」
は真っ赤になって口元を手で押さえた。
満足した政宗は肩を抱く手に力を入れた。
引き寄せられたは政宗の肩口に頭をもたれかけ、再び子供達を
見守っていた。
「あにうえー」
「―――もう良いよ。持って行こうか」
律儀に兄の言いつけを守っていた妹が焦れたように兄を呼ぶ。
途中、ちらっと見てしまったは顔を真っ赤にして妹の呼びかけに答えてあげた。
そしてその小さな手を握り、両親の所まで歩いていく。
近づいたところで妹が駆けだしていった。
「ははうえー!これね、あにうえとつんできたの!」
「あら綺麗!ありがとう」
「えへへ」
頭を撫でられた姫は二人の間にちょこんと座る。
も前に腰をおろした。
「やはり娘は母親に似るのが一番だな」
「は殿にそっくりですよ?」
先が楽しみです、と間の姫が見えていないかのように二人で褒め合う両親を
恥ずかしくて見ていられず、が割って入った。
「父上、今度私に乗馬を教えてください」
「ん、そうだな。もそろそろ馬に乗れんとな」
「父上がお忙しいときは、母が見てあげますよ」
「母上が?!」
「ははうえ、おうまさんにのれるのー?」
「ええ」
「(…ど、どんな人だったんだろう……)」
子供二人が目を丸くしているのとは対照に、政宗の眉間にしわが寄った。
幼少期とは異なり、低くなった声が更に低く発せられた。
「お前は駄目だ。乗るな」
政宗との間の空気が明らかに変わり、険悪になっていくのが分かる。
の眉がかすかに上がり、彼女の声の質も今までとはうって変わった。
風も様子を察したのか、二人を避けているようでピタリと止んでしまった。
「―――私とて乗馬ぐらいなら教えられます。それは殿もご存じかと」
「駄目だ」
「どうしてっ…私だってに―――」
「女が男に教える武などないわっ!!」
「なっ―――」
「っわしとの約束を忘れたか!?」
このやりとりにが顔色をなくしたのも、姫が耳を塞いだのにも
気付かず、だんだんと口論が激しくなり、二人がついに
爆発しそうになった時だ。
「けんかいやーーっ!!」
間に挟まれていた姫が声を上げて泣き出したのだ。
この小さな叫びにはさすがの政宗達も口論を止め、
焦ったように姫を必死でなだめだした。
「すまん…すまん」
政宗は自分達のせいで泣いてしまった姫に腕を回し、
優しく背中を叩いてあやした。
「…わしはな、お前の母上が大切なのだ」
失いたくないだけなんだ。
一言ひとこと確かめるように。皆に教えるように。
政宗は静かにそう言った。
父のその言葉を確かに耳にしたはに向き直る。
「母上。お気持ちだけは」
はそれを聞くと、小さく微笑んで息子の頭を撫でた。
そしてゆっくりと目を閉じ、頷いた。
「…そうですね。お父上とのお約束を破るわけにはいきませんからね」
「……」
「…ちゃんと覚えておりますよ、殿」
「…なら良い」
「も…けんかしない…?」
やさしくなった父に安心しながらも、まだ心配そうに顔を見上げてくる娘に
政宗は頷いた。そして目に残ってる涙を拭ってやる。
風が、また吹き出した。
「寝てしまいましたね」
「ああ…疲れたのであろうな」
帰り際、政宗が眠ってしまった姫を背負い上げようとするが、
が父の袖を引き、自分が背負うと言ってきた。
妹を背負った兄を見ると、いつのまに大きくなったのかと
つい思ってしまう政宗。そんなが両親の前を歩いていく。
そんな様子を見て政宗が一言漏らしたのをは聞いた。
「兄妹は…仲が良いにこしたことはない」
「と…政宗様…」
「。あいつらを、これからもちゃんと愛してやってくれ」
は政宗の横顔を見上げた。
夕日で赤く照らされた彼の表情は、悲しげな微笑みを作っていた。
弟を思い出しているのだろうか。
母を、思い出しているのだろうか。
憶測でしかないが、そうなのだろうとは思う。
「もちろんでございます。……それに政宗様、あなたをも」
あなたを愛しただけ、子供達も愛してあげたい。
は政宗の手をとった。昔繋いだ時はあまり変わらなかったのに。
今では政宗の手がの手を包み込んでいた。
はそんな政宗の手をしっかりと握り、腕に寄りかかって歩く。
「お…おい、…」
「たまには良いではありませんか」
「子供達がいるぞ」
「ま。よく言いますわ」
これぐらいなら隠さずとも良いでしょう?
政宗はの意地の悪い言い方に照れ、それを隠すように少し顔を背ける。
繋いだ手のせいか、昔の思い出が二人の頭によみがえってきた。
、わし元に嫁にきたら……剣を…武を置け
なぜです?
……失いとうない。本当は、今からでも置いてほしいと思うておる
…私に政宗様のお傍から離れろと?
違う。別の形でずっと傍にいてくれと言うておるのだ
「ずっと…」
「ずっとだ」
二人は顔を見合わす。
が繋いだ手を少し振って前を見た。政宗はそんな手を止めようとはしない。
彼女が母となったときに言った。
「母にしか教えられぬ事を教えてやって欲しい」と。
愛情を与えてやってくれと、暗にそう言ったような言葉だった。
すると彼女は言った。
「持ちつ持たれつ、共に育てましょう」と。
愛情は二人で与えなければと、言われた気がした。
「もう一人増やすか」
「…考えておきます」
赤くなったにつられ、言った政宗も赤くなる。
一番困ったのは、二人の会話が聞こえてしまっただった―――。
愛を、愛を。
幸せは風が運んでくれるから
END
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1500番、小波サマよりキリリクでした♪
政宗が大人になってしまいましたが…よろしかったでしょうか?;;
時間があれば息子視点なども書きたいなーと思ったり思わなかったり(え)
予定は未定ですが…;;
珍しく小十郎や成実が出ません…出しませんでした。。
家族の団らんですからネ★
リクエスト、本当にありがとうございました!!
こんなので宜しければ、どうぞもらってやって下さい(>_<)
++2005/10/25 美空++