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目の前で何が起きたのか、すぐには判断できなかった。 敵が本陣を急襲し、人の声、刃がぶつかる音……それらが響いては空へと抜けていく。 敵の急な出現に隊の足並みが乱れ、本陣は混戦していた。 そんな中だった。 「劉備覚悟っ!!」 背後で私の名を呼ぶ敵の声。 振り返ると目の前にあったのはその敵将の顔でも武器でもなく………小さな背中だった。 その背中には剣がはえていて――――― 庇われたのだと理解した。 その次に誰の背中か、と考えた所で………私は血の気が引くのが分かった。 「間に合っ――――――」 「燈花っ!!」 憎しみの果てにあるもの [ 10 ] ふらりと崩れる身体とともに漆黒の髪が流れる。 が、それは地面にはつかなかった。 まだ両足で立ち、肩で荒く呼吸している燈花は劉備を振り返りはしない。 「あの傷でここまで…!?なんなんだ…お前……!」 「死神と…申したでしょう」 「ふざけるなっ!この死に損な」 瞬間、相手の首が飛んだ。 両手で力一杯振り切った鎌は、重さに耐えることのできない腕のせいで切っ先が地面に刺さる。 燈花の姿勢も前屈みになり、その背中には首から噴く血と貫かれた傷から流れる血が入り交じって―――― 今度こそ燈花の身体は力無く倒れようとした。 「燈花!」 慌てて劉備が身体を抱き留めたが、燈花の足はまだ力を入れようとしているせいか小刻みに震えており 体重のほとんどを劉備に預けながらも首だけで周りの残兵へと視線を投げた。 だが、すでに残兵は蛇矛を振るう張飛によって片づけられており、力強く敵を斬っている張飛を見て 燈花は安心と絶望を一緒に感じた。 もう、この足は動かない。 一気に力が抜けた身体を劉備は腕の中で仰向けにした。 「なにやってんだ燈花!」 大きな体が目の前に立ちはだかり、顔に影を落とす。 あの時……感じた後方の馬の気配は張飛だったのか。 燈花は小さく笑みを作った。 「……成都では一歩出遅れましたが……今回、は…私の方が速かっ…たですね」 「燈花…お前ぇ……」 「駆けつけて…くれていたのか」 あの成都制圧戦で馬岱に攻められていた時、燈花は駆けつけてくれていた――― 来るはずがないと思っていた。 顔を見せるなと…命じていたから。 だがそれを破ってでも――――来てくれていたのか。 劉備は驚いたけれども表情は穏やかで。 それでも今知った事実とあの時の事を思い出すと、目頭が熱くなるのが分かる。 眉を寄せて我慢しなければ、涙を流してしまいそうだった。 その時、遠くで勝ち鬨の声が上がった。 それは空を伝わってここまで届き、続いて伝令が供手しながら趙雲が敵大将の首級を上げたと報じた。 「終わったのか……」 劉備が安堵の息をつき、そう呟いた時。 腕で支えている身体の力が抜けた。 「燈花っ!?」 「兄者っ速く運ぼうぜ!!」 「よしっ」 劉備が腕に力を込め、燈花の身体を持ち上げようとするが、腕の中で彼女は小さく首を振った。 どうして首をふるのか。劉備は考えたくも聞きたくもなかったのに―――― 燈花はぽつりと口を開いた。 「共に……歩めるのも、これまでのようです……」 「言うな……っ」 「……自分の嫉妬心が招いた事とは言え……今、劉備殿のもとを、離れることを思うと……」 離れていた時間が…惜しい…… 燈花はそう言いながらあの時の―――事の発端である長坂の戦の事を思い出していた。 それは遙か昔の事のようで……決して忘れてはならない事だった。 糜夫人と阿斗の不在を知った燈花は、趙雲よりも先に敵陣へと入り込んでいた。 煉と共に探していると見知った姿を見つけ駆け寄る。 「糜夫人。ご無事でなによりです」 「燈花…様?――――ああ、これで助かるわ……」 「……はい。どうぞこちらの馬に」 「ええ……お任せしますわね」 「糜夫人?」 糜夫人は腕に抱いていた阿斗を燈花へと差しだした。 差しだされた赤ん坊を受け取りながらも視線は糜夫人から離せなかった。 それに気付いた彼女は笑みを作る。 「私はもう足手まといになるだけですので…この子を…」 「俺っ…いえ、私たちはあなた方お二人をお助けに…!」 煉が必死に糜夫人を説得するが彼女はただただ首を振るだけだった。 燈花は…何も喋らない。 「武に長け、聡い燈花様ならお分かりでしょう。私を連れ帰ったとしても……」 「行軍の荷物です」 「燈花殿っ!」 「その通りです。ですから私は――――」 糜夫人が傍にあった井戸に手をかけ………足や背中に傷を負っているせいだろう、 飛び込むというよりは頭から入り込むという感じだった。 とっさに煉と燈花は手を伸ばし……燈花の手が糜夫人の手首を掴んだ。 「――――殿があなたに惹かれるのも分かりますわ」 「何を……あなたが居なければ劉備殿は」 「手を…お離しください燈花様」 燈花は苛立ちを覚えた。 愛されているくせに。生きて帰れば、荷物になろうが劉備殿は必ず守ってくれるというのに。 いっそ……この手を離してしまおうか。 そこまで考えた自分自身を叱咤し、彼女を引き揚げようと力を込める。 この人が居なければ…居なければ。 いや…居なければ劉備殿が――――悲しむのだろう。 「引きあげる。煉、手を貸し――――っ!」 こ の 人 が 、 居 な け れ ば 。 大きい水音と共に、煉に向かって剣を振り下ろそうとしていた男の首が地面に落ちた。 糜夫人の手を掴んでいた燈花の手は、今は大鎌を手にし、滴るほど返り血を浴びていた。 殺したことに、変わりはなかった。 燈花は自嘲気味に笑って瞼を閉じる。 「あの離れていた時間が……惜しいように思います」 「これから…であろう?」 「これ…から」 「そう、これから私たちは時間を埋めていくのだ。…どうだ燈花?傷が癒えたら……」 遠乗りに行かぬか? そう言った劉備も、聞いていた張飛も。言われた燈花でさえ もう『これから』はないであろう事は分かっていた。 劉備殿は優しすぎる、と燈花は思う。 思ったのと同時に、口内で鉄の味が広がる。 それは劉備の鎧をも汚した。 「どうせ死ぬなら、あなたを守って……」 「だめ…だ……燈花…」 「許されるなら、最後はあなたの…劉備殿の隣で……」 眠りたい 最後の一言が彼女の声で劉備の耳に届くことはなかった。 劉備は震える唇で彼女の名前を呼ぶ。 燈花?と。 それは尋ねるようでもあり、確かめるようでもあり。 優しく…切なく燈花にかけられた。 そして、恐る恐る頬に手をそえ――――失われていく体温に。閉じられたまま姿を 現さない瞳に。燈花の死を突きつけられた。 腕にかかる重みだけは燈花の存在をまだ主張している。 その重みも……命を無くした故だというのに。 「私を置いて……ゆくのか?」 「兄者―――っ」 「生きよと言うたはずだっ…」 張飛はたまらず背を向けた。 涙を見せぬように…長兄の涙を見ないように。 劉備は燈花の身体を引きよせるように抱きしめる。 がたがたと震える手は溢れてくる感情に比例してだんだんと力がこもってゆく。 涙が……燈花の冷たい頬を温めた。 「私達は……これからだったではないかっ!」 もう、相手には決して聞こえない言葉を劉備は投げかける。 そう、これからだった。 出会って、突き放して、やっと話す機会を得てこれから―――― これからがあると、信じて疑わなかった。 こんな事など……ここで終わるなど、微塵も考えていなかった。 目を覚まさないなど―――二度と動かないなどと――――― 「燈花…私はそなたが憎い」 始めは女にしてこの強さ…驚きしかなかった。 それが憎しみに取って代わって。 憎くて、憎くて………憎しみ抜いたその先は――――― 「愛している」 二度と声を発さない唇にそっと口づけ、ゆっくりと目を開き顔を見つめる。 そして、反応のない身体を再度抱きしめた。今度は優しく…包み込むように。 ついに、その細い腕が劉備の背中に回ったことはなかった。 残ったのは、行き場のない一つの愛だけ END ○・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ここまでお付き合いありがとうございました! とりあえず――――完結ですっ。。 変な設定が多かったですが…ど、どうでしたか?; よろしければコメントなど頂けると……! 「生きてるED希望」とか言って下されば書く…かも? アンケートに投票してくれた皆様、本当にありがとうございました! こんな内容ですから心配だったので……嬉しかったです! ++ 2006/7/16 美空 ++ |