好きな人と結ばれるというのはとても幸せな事で。

その上オレ達には俗に言う“倦怠期”というものがなかった。

…なかったのだが、そのオレ達の関係は彼女の一言から

急激に変動していく事となる。

そう、さらりと口に出された一言で。







「ねえトランクス、抱いてくれない?」




















   男を目指せ!

















あの後いったいどうやって一日を終えられたのか全然記憶にない。

気が付けばオレは自分の部屋の自分のベッドで朝を迎えていた。

Tシャツにジャージ。いつもの寝る時の格好で何事も無かったかのように起床したのだ。

……いや、本当に何事もなかった。彼女に…ああ言われただけで、オレは決して何も…!











「…それも情けない話、か」









オレと彼女―――さんは付き合い始めてどのくらいたったのだろうか。

無意識に見たカレンダーは告白したその日から半年は優に越している事を教えてくれている。

特に大きな喧嘩もなく、ここまで順調に来たのだけれど……











「オレ…どうすれば良いんだ…!?」










ベッドから降り、悩みに思わず顔を覆いながら自室を後にして洗面台へと向かった。

…女性に言わせてしまった。簡単に言える事じゃないだろうに。

いや…さんだからサラッと言ってきたのか…?いやいや。









「やっぱり非はオレにある…な!」











洗った顔を思い切り叩いて鏡を見た。











「ぅわああ!?と、父さん!?」

「終わったならどけ」

「は、はい…」









素早く場所を明け渡すと、父さんは豪快に顔を洗い始めた。

オレはその場を離れようとして――――









「あの、父さん?」

「…なんだ」

「えっと………」

「………」

「………」











一応、身近な男の人だ。何かアドバイスをくれるかもしれない。

……父さんが?男と女についてアドバイス…?

父さん、が?











「ありえない…」

「おい!何なんだ!」

「あ…や、やっぱり良いです!」











痺れを切らした父さんが怒鳴ってきたので慌ててリビングへと駆け込んで

ソファに寝そべり、クッションを後頭部に乗せて頭を隠した。

相談相手は慎重に選ばないと…。

オレは周りの男性を思い浮かべた。

父さんはまぁ除かれただろ?悟天……はからかわれそうだし、何よりプライドが…。

ピッコロさんは……父さんと同じで聞くこと自体間違ってる気がする。

かといってデンデもな。

ヤムチャさん!……でも口が軽そうだな…。

あ、クリリンさん!クリリンさんなら…!































「よぉトランクス。めずらしいじゃねぇか、お前一人なんて」

「ちょっとクリリンさんに相談が…」

「相談?オレで良いのか?」

「クリリンさんしか思いつかなくて……」













へー?と頼られて少し嬉しいのか、どうしたんだ?と聞いてきたクリリンさんに

さんの事で…」と切り出すと










「恋愛ごとかぁ〜うしゃしゃしゃ!青春してるねぇ〜この野郎!何々?喧嘩か?」

「あ、いえ…喧嘩じゃなくて……」

「んー?じゃあ浮気とか」

「ま、まさか!」

「まぁちゃんに限ってそれはなぁ……ってノロケかよ」










そ、そんなつもりじゃ…!と弁解したがクリリンさんは「良いって良いって。聞いてやるよ」と

笑いながら背中を叩いてきた。











「なんだよ、キスしたーとかそんな?」

「ち、ちがっ……実はその先の話で……」

「その先ぃい!?」

「クリリンさんっ声が大きいですよ!!」










オレはなんだか相談している自分が恥ずかしくなってきて、顔に熱を集めながら

クリリンさんの口元を手で塞ぎ、しーっと人差し指を立てた。

クリリンさんがOKと手でサインを作ったのでオレはそっと口元を解放した。

教育衛生上を気にしてか、マーロンちゃんが近くにいないことを確認したクリリンさんは

心持ち声のトーンを落として聞いてきた。










「…で、その……先を?したいって?そういう話なのか?」

「オレがしたいっていうか……その、さんが…」

「?」

「実は昨日――――」












しどろもどろしながらオレは昨日の話を人生の先輩に打ち明けた。

その先輩は……うん。呆れていた。

クリリンさんは手で目元を覆い、お前なぁ…と顔をこちらに向けた。

オレは思わず背筋を伸ばす。











「付き合ってどのくらいだよ」

「8…ヶ月」

「はち―――お前、男だよな?」

「はい…一応」

「あー…まぁこんな事は悟飯に相談しても駄目だったろうな」

「はぁ。だからクリリンさんに……オレ、おかしいんですかね」












はぁ、とため息をついて砂を手ですくったりとしているとクリリンさんが

悪くはないだろうけどよ…と切り出したので、心持ち顔を上げた。

オレは不思議だね。と彼は続ける。












「お前が良くても、女性に言わせちゃあマズいと思うがなぁ」

「そうですよね……」

「ま、ちゃんの事だからサラッと言ってきたんだろうけど」












解決策は、やっぱり当人同士の話合いじゃないかな。



もっともな答えにオレはただ頷くことしかできなかった。

結局は、オレが子供すぎるということだ。

男になれきれていないと、そういう事だ。











「でもよ、ちゃんが……その、良いっていってるようなモンだし」

「さっさとヤっちまえば良いんだよ」

「じゅ、18号さん!?」

「18号…もっとこう、言い方が……だけど、そういう事だ。トランクス」












この機会に男になれ。



クリリンさんと18号さんの目はそう語っていた。

オレは、そんな二人に見送られて…というか、尻を叩かれてというか…

カメハウスを後にし、特に行くあても気分もなかったので自宅へと戻ったのだった。




























「あ、お兄ちゃん。お帰り」

「ただいま……」

さん来てるわよ?」

「えっ!!?」










部屋にお通ししといたからね〜と背中を向けたまま手をひらひらと振ってくるブラの

言葉にオレは情けなくも焦っていた。

会いたいような、会いたくないような。

部屋へ向かう速度が心情に伴って遅く、それでも進んでいるのだから部屋へは必ず着いてしまう。

ドアの前に立ち、深呼吸してから自分の部屋なのにノックをしてしまった。

中からは「はい?」とさんの声が聞こえる。

オレは意を決してドアを開けた。












「なんだ、トランクスじゃない。自分の部屋にノック?」

「は、はぁ…さんが来てるって聞いたものだから」












さんは勝手知ったる他人の部屋という感じでソファに座り雑誌を読んでおり、

その顔を上げてオレに微笑みかけてくれた。

いつもなら笑いかえすオレなのだが、今日はどう返せば良いのかさっぱり分からず

ぎこちない足取りでデスクの椅子に腰を降ろした。

オレ達の間に、妙な距離ができている。…いや、オレが作ってしまった。











(こ、これじゃあ意識してますって言ってるようなものじゃないか)

「ねぇ、トランクス」

「は、はぃい!」










とっさのことに声が裏返り、それを慌てて咳払いで誤魔化しが

さんはくすくすと笑って手招きをしてきた。

オレは逆らうこともできず…いや、結局は傍に居たいだけなのかもしれないが、

招かれるままさんの隣に背筋を伸ばして座り直した。










「緊張、してる?」

「…はい」

「昨日のこと、やっぱり気にしてた?」

「………はい」









素直に頷いている自分が幼く思えて、うつむいていると彼女が

「ごめんね?」と言ってきたので顔をあげた。

さんが謝ることなんて、ない。











「ちょっとふざけてみただけだから。さっきのトランクスの様子を見て満足よ」










「面白かった」とさんは先ほどのように笑っていた。

からかわれた、ということなのだろうが、オレはそうは思えなくて

さんの両肩を掴んだ。












「オレっ……その、もう子供じゃないんだって思ってて…」

「トランクス?」











「でも、やっぱり子供で……年下なんて、さんには楽しくないというか…」


「その、満足できないというか…そうなのかもしれないけど」


「でもオレはさんが好きで!さんじゃないと駄目で…だからっ」












「待つよ?」













話していると無意識に目を固く閉じていたようで、開いてさんを見た時

彼女の顔が一瞬ぼやけて見えた。

でもすぐにそれは慣れ、彼女をはっきり見据えると、可笑しそうに唇が弧を描いていた。

「なーに焦ってんの、よ!」と手にしていた雑誌でオレの肩を叩き、そのまま立って

雑誌を元の棚へと戻しに行った彼女の様子にオレは呆然としていた。










「良いよ?焦らなくても」










大人だから待てます、とさっきのオレの子供発言をとってからかってきた。

オレは気が抜けてしまってそのままソファに横になり、その体勢で

彼女が雑誌を直すのを見ながらぼやいた。










「…それ、普通は男のセリフですよね…」

「私はトランクスが大切だからね」

「………それも男のセリフですよねー……」









自分がどんどん情けなくなってきて更に脱力していると

「どいた、どいた」とさんによって体を起こされた。

隣にまた腰をおろしたさんがそのままオレの肩にもたれかかって

新しい雑誌をめくり始めたので、オレはさんの頭に自分のを乗せて

一緒に眺めていた。

こういうので満足しているオレはやっぱりまだまだ子供のようだ。…精神が。










「あ、電話」

「っと……会社からだ!もしもし」

『若社長!すぐ来てください!!』

「え!?わ、分かった」

「行くの?」








雑誌を見ながらそう聞いてきた彼女に「ええ、すみません…」と謝りつつ

スーツを取り出し、着替え直しながら内線電話で車の用意を頼んだ。

シャツを着た所でさんがソファに掛けっぱなしだったネクタイを手に

目の前まで来てそれをオレの首に回した。











さん?」

「かがんで」

「は、はぁ…」








どうやら結んでくれるようで、ネクタイは彼女に任せることにした。

どこを見ていれば良いのか分からなくて天井を見上げていると

さんが急に「あっ」と声を上げた。

何事だ、と慌てて下を向くと――――彼女に唇を塞がれた。

しばらくの間、されるがままになっていて、ようやく唇が離れると

彼女は「はい」と言ってオレの胸を軽く叩いてきた。

視線を落とすとネクタイが締め終わっていて。









「え……ぇえ!?さん!?」

「器用でしょ」

「器用って……え…ええ?!」







気付かなかったオレの方が、どうやら夢中になっていたようで

オレはただただ赤面するしかなかった。

まいった。うん。








「お兄ちゃん!車の用意、できたわよ!」

「〜〜〜今行く!!」

「行ってらっしゃい、社長」

「い、いってきます」









ひらひらっと手を振って笑顔で見送ってくれたさんにまだ熱の残った顔のまま

片手を上げ、自室を後にして車まで早足で向かう。

リビングにはめずらしく3人がそろっていて――――










「トランクス」

「母さん、ちょっと会社へ行ってきます」

「あ、お兄ちゃん」

「悪いブラ、ちょっと今急いでる―――」

「……その顔で行くつもりか」

「グロス、ついてるわよ?」

「え!!?」










妹の優しい(?)助言によって、オレは玄関ではなく洗面台へと駆け込み

おかげで会社に着くのが遅れたのはいうまでもない。









…家族に見られたというのがとても恥ずかしくて

仕事を終えた今、どうすればみんなと顔を合わさずにいられるかなんて

考えを巡らしたオレの目に、さんが可笑しそうに笑っているのが浮かんだ。





―――クリリンさん、18号さん。オレはまだまだ男になれそうにありません…

カメハウスの方角の薄暗い空を見上げてオレは肩を落とした。



















頑張れ…オレ。






















   END






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トランクス夢第2弾です。。
…D.Bっぽくないよ…清くない(何)
ヘタレなトランクスをお楽しみくださいませ☆


         ++ 2006/1/31 美空 ++