父親とは。娘とは。

武を極めるにあたって、およそ縁のない言葉だったのだが…

そんな私が少女と出会い、父親となったのには何か理由があったのだろうか。

いや……なにもない。

理由なんて……本当に無かった。

だけどあの時手を取り合った私たちは、それからゆっくりと親子の関係を築き上げていく事と

なるのだから人生、何が起こるか分からない。









―――目指せ、親ばか。

















   親ばかまでの道  〜少女との出会い〜


















「残賊は居ないか、各地隅々まで調べよっ!」

「はっ」







隊の者にそう命令し、自分も馬上から周りの状況を見た。

荒らされた街、燃えさかる炎。

そして、数々の死体――――その有様に無意識に顔をしかめ、一刻も早く事を

片づけるために私は馬を急かした。

炎の熱と煙に眉をしかめながら蹄の音に振り返った配下の一人がさっと供手する。









「張将軍!全ての場所を探しましたが、賊は見当たりませんでした」

「ご苦労だった」








賊はいないという報告を受け、その者に労いの言葉をかけると兵を招集すべく

再び首を巡らした。数人、近くにはおらぬようだな……

ここで待機するようにと副長に告げ、自分の目で街の惨状を見ておくついでに

残りの兵を呼び集めようと思い、馬を走らせた。



しばらく進むと、街のはずれに一件の家屋が見え、そこは

離れていたせいか、火が粉が移るような事は無かったらしい。

そんな家に自軍の兵の姿を確認した私は馬を降り、その者達に声をかけた。










「如何した」

「あ、将軍!この家を調べ忘れていて……」

「そうか…」

「すぐに済ませます」

「うむ。……いや、良い。私が行こう」









兵の一人に手綱を握らせ、そっと戸口へと近づく。

息を潜め、扉をそっと手で押すと音もなく簡単に開き――――目に飛び込んできたのは

無造作に横たわっていた死体だった。

一目見ただけでもう息がないと分かる。まだ年若い夫婦だった。

男の手には短刀が握られており、立ち向かったのであろう姿が目に浮かんで消えた。








「これは……酷いですね…」

「うむ……」







惨いとしか言いようが無く、だがそれは戦という名目でこのように人を殺めてきた私が

簡単に言える言葉でもなかった。

更に家の中を見渡してみると、荒らされ、壊された家具類がそこら中に転がっていて。

賊はこの家からも財をも根こそぎ奪っていったようだ。










「!将軍っこちらには子供が……!」










声のした方へと移動すると、少年の亡骸が赤く染まっていた。

一家全滅。

それはとり残された者が居なかったとある意味喜べる言葉なのだろうか。

いや、そんなはずがない。そんな風になど思いたくもない。

私は激しい憤りを感じ、拳を強く握りしめて壁に打ち付けた。

すると奧から物音がし、瞬時に反応した体は気が付けば武器を構えて

警戒していた。だがその武器をすぐに降ろして物陰を覗き込むと、

目が、家具の影で震えている少女を捕らえた。

声をださないようにか、両手で自分の口元を塞ぎ、その目には涙が溢れては

頬をつたって手を濡らしている。

私は武器を静かに置いて少女に近づき、座っている少女と目線を合わせようと

床に膝をつけて問うた。











「怪我はないか?」










すると少女は恐怖からか目を固く閉じてしまい、さすがの私もどう接して良いのか

分からない。…困った。

だが、いつまでもここに居るわけにもいかん。

殿に報告すべく早く戻らねばならない。

私はまだ10にも満たないのであろう少女の頭を出来る限り優しく撫でた。









「私は敵ではない。安心なされよ」








声も、できるだけ優しく、安心させられるよう心がけると

その誠意が通じたのか少女はゆっくりと目を開ける。それは恐る恐る、という表現が

正しい様子でもあった。

涙でいっぱいの、それでいて子供特有の澄んだ瞳がこちらの顔を捕らえて見ている。

まるで、私の目に映っている自分を見ているようでもあった。

ふっと表情を緩め、怖がらせないようにゆっくりと立ち上がり、振り返って兵に問いかけてみた。









「この娘はどう――――」







どうする、と続けるつもりだったのだが、それはフラッと立ち上がった少女の行動によって

飲み込んでしまった。ふらふらと歩くその様は自分の意志で動いているのかどうか

判断がつかないぐらい不安定で、ようやく止まったかと思えばそれは少年の遺体の傍だった。

かくっと力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ少女は震える手を少年の方へ伸ばし

しばらく躊躇ったのちに肩へ手を添えた。

力無くその手は動かされ、それにあわせて少年の体が微動する。









「にい、さま………?」









数回揺すっても何の反応もない兄の名を呼び、諦めたのか再び足に力を入れて立ち上がった。

私は少女に声をかけようとしたが、今は何を言っても彼女の耳に届かないような気がして

口をつぐんだ。…どのみち、どんな言葉をかければ良いのか分からなかったのだが。



……ああ、そろそろ戻らねば報告が遅れてしまうな。



頭の片隅では非情にもそんな事を考えている自分が居て、頭を振ると隣にいた兵も

同じような表情をしていた。視線に気付いたのか、その兵は「どうします…?」と

目で訴えてくる。

戻らねばならない。だがそれはこの少女を置き去りにすることになる。

ふと少女に視線を戻すと――――少女の手が真っ赤に染まっていた。









「!!」

「かあ…さま……とうさま……」










二人の亡骸まで移動してきた少女は、両親の血で自分の手が染まることにも構わず二人の体を揺すっていた。

兄同様、返事の無い二人から一度手を放しそして父親が握っていた短刀を手にする。


――――危ういと思った。


思ったのと同時に私は少女のすぐ傍まで足を動かし、しゃがんでまだ小さい体を抱きしめていた。

抵抗は返ってこない。する力さえないのかもしれない。

ただ、小さな……本当に小さな呟きだけが私の耳にしっかりと届き、私は思わず腕に力を入れてしまった。













「……死ん…でる……」














泣きわめく事もなく、自分の目の前で起こった事を……家族がもう二度と

声をかけてくれることがないのだと、この小さな頭で理解していた。

ただ、どうして良いのか分からないのかもしれない。

今はただ神経が張りつめているだけかもしれない。

それまで恐怖の中でも澄んでいた瞳は、今はもはや光を失ったように虚ろで

少女の心情を物語っていた。

ゆっくりと腕を解くと鎧の形が頬に写ってしまっていて親指でそっとこすり








「すまない、痛かったであろう」

「…………」







声が届いているのか、いないのか。

それすらも分からない表情をしており、ただ短刀だけが放されず握りしめられていた。











「しょ、将軍……そろそろ……」

「……そうであったな」










恐る恐る、伺うようにかけられた言葉に頷き、短刀を少女の手元に残したまま

私は立ち上がった。形見は…取り上げるべきではない。たとえそれが凶器だとしても。

少女は立ち上がった私の足下を見つめたまま――見ているのかは定かではないが――動かなかった。

このまま動かず、少女は死ぬだろう。

そう思ったら口が勝手に動いてしまった。













「………共に来るか?」













少女はようやく頭を上げたが、やはり光はなく言葉の意味を理解しているのかすら怪しかった。

だが、私は再度少女に問いかけた。

それは少女にとってここで死にゆくか、それとも外に出て生きるかと、そういう事でもあった。

共に来れば養い親を見つける事もできる。

私は手を伸ばした。


























この時はまだ、この小さな手の持ち主と共にすごす事になるとは

私もこの少女も思ってもみなかっただろう。

少女はたださしのべられた手をとっただけ。

私はただ放っておくわけにはいかなかっただけ。





本当に、人生何が起こるか分からないとはよくいったものだ。

























力無くそっと重ねられた手は、とてもとても小さかった

























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張遼連載、始めてみました。。
夢主の名前、全然出て来なくてスミマセン;
1話は序章ということで…2話から張遼サンに子育てを
初めてもらう予定ですので(笑)


           ++ 2006/2/21 美空 ++