「…私だって……言ってくれませんと大佐が何をお考えなのか分かりませんよ……」
そう言って逃げるように司令部を出てきた私は卑怯だったと思う。
あたたかいひと [5]
外に出ると小雨が降っていた。
いっそ大降りにならないかなと思った途端、願いが叶ったかのように雨足が強くなってきて。
容赦なく体をうつ雨のせいで、自分が泣いているのかさえも分からなかった。
周りの音がどこか遠く聞こえるのは、雨音のせいだけだろうか。
玄関の前に着いた時には、服も靴も何もかもがびしょびしょに濡れていて気持ち悪かった。
はやく着替えたくて玄関の扉を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。
「そっか…エドに鍵をまかせたんだっけ」
合い鍵なんて持っていない。
玄関の扉にもたれ、屋根のおかげで濡れていない所にずるずると座り込んだ。
髪をつたって水滴が頬に当たる。
これじゃ絶対に化粧も崩れているなと思うと、なんだか情けなくなってきて自嘲気味に笑った。
雨が濡らし、時折吹く風が体温を奪っていく。
身を縮め、膝に額を押し当てて目を瞑った。
いつもならなんて事ないのに今は無性に一人で居る事が寂しかった。
誰か傍にいて……
誰か。
「……ロイぃ」
傍に
「」
居て……
「…大佐?」
「まったく…何をやっているんだ君は」
幻覚……?つい疑ってしまうが、それは仕方がなく。
ここに居るはずがないのに。はまばたきも忘れてロイの顔を見ていた。
そんなの様子に苦笑を浮かべ、両手をとって立ち上がるように促す。
手をかりて立ち上がったは我に返って何か言おうと口を開いたが、
それより先に手を離しながらロイが声を発した。
「化粧が崩れているぞ?少佐」
「っ―――大佐の馬鹿っ!! 」
ニヤッと笑いながら言った大佐の言葉があまりにも予想外の言葉だったせいか、
は一瞬何を言われたのか分からなかった。
だが、一呼吸遅れて言葉を理解し、ロイに暴言を放つ。
そしてあわてて顔を隠そうとするが、それよりも先に
ロイの手袋をはずした手がの頬に伸びてきて、触れた。
するとその手はそっと親指を動かし、ほお骨のあたりを軽くこすってきた。
先ほどはすまなかったと、苦笑しながら。
「私の知りたかった少佐が、いま目の前にいる」
「エルリック兄弟だけでなく、私にも素顔を見せて欲しいと思うのはただの我が儘か?」
「私は……」
「好きだ。少佐が……好きだ」
全身の力が抜けていくのが分かった。
気の抜けた身体を支えてくれた腕はとてもしっかりしていて。
無性に、この腕に抱きしめられたいと思った。
そして
気がついたら彼の背中に腕をまわしている自分がいた。
「好きです…好きです。好きです」
彼の胸の中で呪文のように繰り返し言った。
もっと他に気のきいた言い回しをしたかったが、口をつく言葉はその四文字だけだった。
伝えるのに必死で、彼の腕が自分の背中に回っていることに気づいたのは、
彼の体温が伝わってきたせいで。
そのぬくもりが心地よくて、回した腕の力を少し強めた。
「あったかい……」
「少佐が冷たすぎるからだ」
ロイは少し腕を放し、ポケットに入れていた鍵を取り出した。
差し出されたそれとロイの顔を代わる代わる見たあと、は鍵を差し込んでまわし、
玄関の扉を開けた。
ロイの言いつけにより先に風呂へと入り、そのあとすぐに
ロイを風呂場へ押し込んだ。
待っている間髪を拭きながら、いろいろありすぎて疲れている体をソファに座らせた。
そして、つい先ほどの出来事を思い返し、あれは夢なのではと思ってしまう。
ほんのつい先ほどまで喧嘩して落ち込んでいたのに。
好きだと言ってくれた。
好きだと何度も伝えた。
「夢じゃない…はず」
初恋の事を聞いてきたのも
あんなに怒っていたのも
好きでいてくれたから。
好きになってくれたから私は……
「しあわ……せ…なんだ……」
今、とても。
落ちてくる瞼を開けておくことができず
そこで意識が途切れた。
次の日目が覚めると私はベッドで寝ていて、大佐がソファで寝ていた。
風呂から上がると、すでに寝てしまっていた私を見て運んでくれたのだろう。
夢じゃなかったと思ったのと同時に、一緒に寝れば良かったのにと考えて
慌てて頭を振った。何を考えてるんだと呟きながら身支度を始める。
それが終わるとロイに声をかけた。
「大佐、マスタング大佐。朝ですよ?」
「ん……おはよう、少佐?」
「?おはようございます。軽く朝食用意しますね」
「………少佐、眼鏡は?」
そう言われて眼鏡をかけていないことに気づく。
ああ…と前置きして
「あれ、ダテなんです」
「……まだまだ私の知らない少佐が居るようだな」
「これから知ってください」
クスクスと笑って言う。
ロイが身支度をしている間に朝食ができあがっていた。
机に置いてあった手袋を掴むと、くしゃっとした感触があった。
訝しげに手袋に手をいれると紙が指に触れた。
取り出して開いてみると―――――
「はははっ!これはやられたな」
「大佐?どうかしましたか?」
「いや。何でもない」
「?では食べましょう」
ロイはその紙をポケットにしまった。
何かを読んで突然笑い出したロイに首をかしげるが、特に何も聞かず
二人で朝食を取る。
『美味いな』と言ってくれた一言が、嬉しかった。
「ところで。その口調はどうにかならないのかね?」
「もう反射みたいなもので。なかなか直りません」
「せめて名前を……」
「それは大佐もですよ?」
互いに名前で呼んだのはただの一度だけ。
結局……
「結局、私たちの間は何も変わっていないということか」
「恋人に……なりましたよ?」
「……そうだな」
ふう、と息をつきながら言ったロイの言葉に、照れながら返す。
窓から温かい日差しが入り込んできて、二人を包み込む。
二人は同時に玄関を出た。
「行きましょうか。大佐」
歩き出すをロイは呼び止めた。
「少佐。ひとつ、してもらいたいことがあるのだが」
「え?! な、なんでしょう?往来でできることですか……?」
「少佐……君は私をどんな人物だと思っているのかね…」
右手で軽く頭を押さえるロイ。
手袋は、していない。
え?じゃ、じゃあ何ですか?と少し焦りながら聞いてくるに右手を差し出した。
「手を、繋ぎたい」
そう言ったロイは優しく微笑んでいた。
一度ロイの右手を見て、また顔に視線を戻す。
すると、意味をやっと理解したのか、みるみるの顔が赤くなり
「え?あ、あの…その…」とわたわたしだした。
そんななどおかまいなしにロイは彼女の左手を手にとった。
そして、微笑んだ顔はそのままに何も言わず歩き始めた。
はじめは少し気恥ずかしくてうつむきがちだっただったが、
ちらっと盗み見したロイの横顔の耳が少し赤くなっているのに気づき、くすっと笑った。
「何だね?」
「いいえ何も!」
繋がれた手は、昨日抱きしめ合った時のようにあたたかく、優しかった。
まだ笑っているをしばらく横目で見ていたロイだが、前に視線を戻して
開いている左手をポケットにいれた。
すると紙の感触があり、先ほどの手紙を思い出す。
名前はなかったが、この紙はきっと彼の手帳の切れ端だろう。
軍の施設に泊まってやるよ
貸し1な!!
「……また、貸しを作ってしまったようだな」
「 ? 」
『よっご両人!同時出勤っすか?』
ハボックのニヤついた挨拶まであと少し。
Fin
『あたたかいひと』完結でございます。
ここまでお付き合いありがとうございました!
…っていうかさあ
ちゅーもしてねぇ!!
こんな大佐で良いのか?!
いや、私の中では大佐はこうなんです(開き直り)
あ、別に女性付き合い初心者、などとは思っていませんのでご安心(?)を。。
瑞樹サマ…こんな物でも受け取って頂き、感謝です(涙)
一話で終わらせられるように精進したいと思います;;
++
美空 ++