どうして出会ってしまったのだろう。
どうして…好きになってしまったのだろう。
「政宗様が帰られたぞー!」
「おおっ本当だ!政宗様じゃ!!」
おかえりなさい、と言う事すらできないというのに。
幸せのあり方
「ほら、も見に行っといで」
「う、うん」
母さんに背中を押された私はすでに人だかりのできている道に小走りで向かった。
最前列まで行きたいのは山々だけど人をかき分けて行く事ができず、後ろの方で
立つことにした。だけど前の人たちが大人ばかりなので私はよろけながらも背伸びをして
見るが、まだ誰も通っていないらしく、一度踵を地面につけた。
次第に幾重にも重なった馬の蹄の音が近づいてきて、鎧姿の兵士たちが
ぞろぞろと列を乱さず歩いてくる。
その先頭で堂々と馬に乗っているのが、ここ青葉城の主である伊達政宗だ。
私は速くなる鼓動を押さえるように胸に手をあて、一つ深呼吸をした。
そして、政宗を確かめるため再び背伸びをしたが…まだ遠くてはっきりと顔は見えなかった。
彼と出会ったのはいつだっただろう。
「ちゃん、団子二つ頼むよ!」
「こっちも同じの!」
「は、はいっただ今!」
私の家は母と二人で団子屋を営んでいる。
店内の様子はその場で食べてもらえるようにちょっとした席も設けていて、
雰囲気としては茶店のそれと似ている。
おかげさまで評判は上々。
正直、接客は苦手な私だが、そんなことを言っている暇はなかった。
未だ緊張こそするが、慣れてしまえば接客も苦痛にはならなくなった。
「こっち、みたらし三つね」
「ちゃーん、俺いつもの頼むよ」
「お勘定おねがいします」
「みたらしと三色!」
少しお待ち下さい!と声をかけながら注文順に仕事をこなしていく。
…そう。そんな中だった。私が彼に出会ったのは。
「お、お待たせしました…」
「お主、しまいには目を回すのではないか?」
笑いを含んだ声が団子を受け取りながらかけられた。
私は参ったというような顔で笑みを返したのだが。
渡した団子に手をつけている少年の顔を見て目を丸くした。
似て…いるのではないか?
脳裏に一人の人物の名前が浮かんだ。
「まっ!まさむ――――」
「!声がでかいわ馬鹿者っ」
目の前の少年は団子を持っていない手のひらで私の口を塞ぎ、
誰も聞いていなかったか辺りを数回見回した。
そして左目が私の顔をとらえ声をひそめて言った。
「格好を見て分からぬか!?お忍びじゃお忍びっ」
人差し指を口の前で立てた彼―――政宗に、私は了解の意を込めて
顔を幾度か頷いてみせた。
その様子をみた政宗は、よし、というようにそっと手を離し、また団子に視線を戻した。
…なぜこんな所に……
そう問うても良いのだろうか。
私は口を開きかけたが、丁度母に声をかけられたのでそれは叶わなかった。
「…なあ、あそこに居るの…政宗様でねえか?」
「おう、似ているがよ…まさかこんな所に居るはずねえって」
「そうだよな。ま、俺も政宗様の顔をはっきり見たことねぇし」
客のそんな話し声が耳に飛び込んできた。
そう、普通なら凱旋で見るような格好ではないので分からなかったかもしれない。
だけど……良くも悪くも、隻眼は目立つのだ。
「殿様がこんな所にいるはずないのにねぇ」
何言ってんだか。
と、同じく聞こえていたのであろう母が笑ってそういうが、お忍びだと言われたので本当の事を
言うわけにもいかず、私は笑みを返すのが精一杯で一緒に茶化す事はできなかった。
気にしないように勤めているつもりが、ついつい視線を彼に向けてしまう。
ふと政宗と視線が合い、じろじろ見ていた事を自覚して恥ずかしくなり、すぐに背けた。
み、水を撒いてくるねと少し焦ったように母につげ、店の前に柄杓で桶の水を汲んで撒いていた。
「おい娘、勘定だ」
「え?は、はいっ」
先ほど初めて聞いた政宗の声が背中から突然かかり、私の心臓が驚く。
すぐに水を撒く手を止め、お代を政宗に告げると財布を見ていた彼は眉を寄せた。
私はそんな彼の様子に、別に何もしていないけど怒られるのかと思ってしまった。
「あの…どうかされ――――」
「見つけましたぞ!!」
「うわっ」
どうしたのか訪ねようとした所へ一人の男性が政宗の肩を掴んだ。
不意の出来事に政宗も声を上げ、すぐに振り返ると「なんだお主か」と息を吐いた。
私はどうして良いか分からず、瞬きをしながら二人の様子を見る事しかできなかった。
「まったく、こんな所で何をなさっているのです!」
「丁度良かったわ小十郎。金が足りんのだ。残りを払ってくれ」
「なっ…!まさむ―――若、もう子供ではないのですから財布の中身はお確かめください」
「ふんっ、誰かの管理が厳しいから足りぬようになるのだ」
いいから、はよう払え。
腕組みをしてそっぽを向いた政宗に、やれやれと小十郎と呼ばれていた男性は肩を落とした。
目の前で行われた会話に呆気にとられていたが、我に返り小十郎から代金を受け取る。
ありがとうございましたと声をかけると政宗が私を振り返って言い残した。
「美味かった。また来る」
「また」なんて、あるはずないのに。
そう思っていたのに、貴方は本当に来たから……
「…こ、こんな所に来られて大丈夫なのですか…?」
「、わしは来ると言ったら来るぞ」
「!!な…まえ…どうして…」
「他の客にそう呼ばれておるではないか」
違ったのか?
と聞いてくる政宗に首を振った。
それを見た政宗は満足そうに笑む。
そして食べ終わると決まって「また来る」と言い残していった。
来るたびに話す回数が増えていく。
そのたび貴方が私の心を占めていく。
来ない日は…落胆している自分が居た。
これが恋なんだと。これが人を好きになるということなのだと唐突に分かった。
ずっと感じていたものを頭で理解した瞬間、政宗がどうしようもなく好きな自分を知った。
そんなある日の事だった。
最近来なくなった政宗が久しぶりに顔を出したかと思うと
「今度、城に団子を届けろ」と言う。
そして今、彼の言うとおりにお城の前まで来て大きなお城を見上げていた。
「―――――」
あまりに大きすぎて驚きの声すら出ない。
そして、これもまた大きな門の前に立っている守衛に思い切って話しかけた。
「あ…の、頼まれていた物をお届けに来たのですが……」
「ん?……そんなの聞いてるか?」
返事をした男は隣の男に確認をとった。
聞かれた男は否、と首を横に振る。
私はそんな彼らを見て無意識に持っていた包みを握りしめていた。
心臓の音がやけに速い。
緊張と恐怖。政宗に話しかける時とはまた違ったモノだった。
「我々は何も聞いていない故、通すわけにはいかん」
……困った。
何とか政宗の事を伝えようとするが、信じてもらえるとは思えなかった。
一城の主が町娘と知り合いだなんて、誰が信じるだろうか。
私は震えていた足をなんとか返し、帰ろうかと思った時だった。
奧からまた一人男が来て守衛に何か話しかけている。
そして先ほど話しかけた守衛が近づいてきて口を開いた。
「たった今、そなたが中まで持ってくるようにと承った」
申し訳なかった。どうぞ。
と門の前から体をよける。私は軽く頭をさげ、中に足を踏み入れた。
…入れたは良いが、どこに行けば良いのか分からない。
城壁は高く、前に続いている道は先が見えない。
なんだか迷子になった気分になり、私は泣きたくなった。
「殿」
「!!……片倉様!」
「良かった。さあ、ご案内します」
知った顔を見つけ、ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間。
私はうつむいて、案内のため背を向けた小十郎に声をかけた。
「政宗様、失礼します」
「来たか!――――…はどうした」
政宗は待ちわびた人が来たと思い顔を緩ませたが、居るのは目付役の
小十郎だけで。さっと表情を変え、眉を寄せた。
「それが…これを政宗様にと手渡され、帰られてしまいました……」
「なっ……帰っただと?!」
「は、はい……」
「〜〜〜ちっ、物だけ来ても仕方がないわあっ!!」
「ま、政宗様!お待ちを……!!」
小十郎の呼び声もむなしく、政宗は部屋を飛び出していってしまった。
残された小十郎は、すぐに追いかけようとはしなかった……。
正直、政宗がよく店に来るから殿であるという認識が薄れていた。
だが、城に行ったおかげで目が覚めた。…とでも言おうか。
私は逃げるようにあの場を離れ、振り向きもせずここまで来た。
ふらふらっと帰路をたどるが、頭にあるのは大きな城と、どこか威圧的な守衛。
そして、「身分の差」という言葉だけだった。
「あら。早かったのね」
「…お母さん」
「どこまで配達に行ってたんだい?」
「お城まで…」
力が抜けたように客が座る席に腰をかける。
母は「城」という言葉を聞き、急に真面目な顔つきになった。
「…まさか本当にあの子が政宗様なのかい?」
「………」
「……なら、親として言っておくけどね」
「恋をしたって届かないよ?あそこまでは…」
ただの町娘が――――あんな高みに居る人に、なんて。
「分かってる…」
そんなこと、嫌というほど分かっている。
いや…たった今、思い知らされてきた所だ。
だけど…この想いはどうすれば良いの?
無かったことに、しなくちゃいけないの?
それは言葉にならなかった。
変わりに、涙がそれを語ってくれた。
拭っても拭っても溢れてくる涙はこの想いのようで。
涙が枯れればこの想いも消えるのかな、なんて思った。
「――――!!」
聞き覚えのある声が私の名を呼んだ。
この声に、そう呼ばれるのが好きだったなと笑う。
「来いっ!!―――すまん、を借りていくぞっ」
「――え?!ま、政宗様……!?」
温かい。
彼の手が私の手首を掴んで引いてゆく。
私は信じられないと驚きながら彼の背を見ていた。
「……、!!」
「あ……え?」
呼ばれて我に返ると、いつの間にか景色が開けていた。
政宗が草むらに腰を降ろしたのを見ても私は立ったままだった。
そんな私に座れ、と地面を叩いた。
政宗が居る。隣に、居る。
「なぜ帰った」
「…え?」
「しばらく町に行けぬから、顔だけでも見たかったのだぞっ」
「私の……?」
「他に誰がおる!」
そんな事を言われると……期待してしまう。
なんて恐れ多い事だろう。なんて自惚れが強いのだろう。
でも……でも。
「…わしが何のために忍んでまで町に来ていたと思う」
「それは…お団――――」
「団子が喰いたいから、などとは言わぬであろうな?」
笑って遮る政宗に私は顔を赤くするしかなかった。
ここまで言われて気づかない人は居ない。
私は、恥ずかしくて顔を上げる事ができなくなった。
政宗が笑った気がした。
「女に言わせるわしではない。……」
「わしはお前に会いたかった」
「毎日、会いたかった」
「お前が好きだ」
言わなくちゃいけない。言わなくちゃ。
私は顔をあげた。
「私は卑しき身分。政宗様には…つり合いません」
これが、言葉になる事はなかった。
あの日私の口は、政宗に「好きです」と伝え、
私の目は、政宗が笑ったのを見た。
そして今、馬に乗った政宗が前を通り過ぎようとしている。
私は思いきって人垣の中に入っていった。
「すみません」と何度も言い、やっとの思いで最前列に躍り出た。
すぐに顔を上げると、馬上の政宗と目があう。
彼の唇は弧を描き、私もそれを彼に返した。
そうして目の前を通り過ぎていった。
たったあれだけでも私には嬉しかった。
遠くなっていく背中に頭を下げる。
毎日、会いたかった
私はただの町娘です
お前が好きだ
私とあなたはつり合いません
私と、あなたは……
言うべき事を言わないで幸せを与えてもらっている。
そんな私は、最低ですか?
お前が好きだ
好きな人に好きと言ってもらえる幸せ。
今はまだこの幸せに浸っていたい。
「」
「政宗様」
まだ、こうしてあなたと笑いあっていたいから。
END
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1414番、リオン様よりキリリクでした☆
…内気な女の子はドコ行った…(滝汗)
甘々を期待されていたら(てか普通は甘々にするだろ!)
本当に申し訳ないです…;;
城での出来事がありえないとか、ツッコミは無しの方向で…(コラ)
また片倉さんの登場です。好きなんですv
うちの彼は政宗の小遣い管理をしています(ありえねー)
政宗のリク、本当にありがとうございました!!
もっと楽しんでいただけるよう精進しますので
またキリバン狙って頂けると嬉しいです(笑)
++2005/10/19 美空++