、そこの書簡を取ってほしい」

「これですか」

「うむ」




















     そばにいる人


























「失礼ですが、今日の分はもう終わってらっしゃるのでは?」









次々と執務をこなしている孫権に言われた書簡を渡し控えめに問う。
孫権は筆を止め、の方を見て静かに笑う。








「できる時にすませておこうと思ったのだが…でもさすがに疲れてきたかもしれないな」

「かも、じゃありませんよ。休憩されてはいかがです?私、お茶いれますね」

「たのむ」








両腕をあげ、のびをしている孫権を見てそっと微笑み、お茶を煎れにいく。
しばらくして部屋に戻り、盆にのせたお茶を差し出す。












「仲謀様、少しはご自分の体をいたわりませんと」

「うむ……、昔のように“権”とは呼んでくれないのか?」

「恐れ多いことを…あなたは若君ですよ?いずれこの国を治められるお方です」

「それは昔も今も同じだと思うが…」

「昔は私も子供でしたから…それに、女官長が身をわきまえずにいたら
 他の女官達に示しがつきません」













苦笑しながらきっぱりと言われた言葉に、顎に手をあててしばらく考え込んだ孫権は
ふいにを見やり

















「ならば譲歩しよう。だが、二人で居る時ぐらい“権”と呼んではくれないか?
 私は昔も今もの幼馴染みなのだからな」

「…お許しいただけるのなら」

「うむ。これからはそうしてくれ」
















嬉しそうに笑みを浮かべる孫権と照れ笑いを浮かべる
二人は小さい頃から一緒に居る。



の父・が孫堅に仕えていて、母の居ないは父が出仕すると屋敷に一人になってしまい、それを知った孫堅が“権達の話し相手に丁度良い”と言ったのがきっかけだ。

それ以来、一緒に出仕してくるようになり、尚香が生まれた時も側に居た。
そして自身も勤めるようになり、孫権つきの女官となった。
執務の手伝いも(と言っても誤字のチェックや書簡の片づけなどだが)しながら孫権を補佐している。











飲み終えた湯飲みを机に置き、不意に外を見やった。
天気が良いので外へでよう、と孫権が誘う。

二人並んできざはしを降り、木の所まで歩いて腰をおろした。
















は昔から茶を煎れるのがうまいな」

「茶煎れの下手な女官など嫌でしょう」

「昔から女官志望だったのか?多少、武術もできるだろうに」

「“多少”で戦場に足をいれると、初陣で早々に命を落とすのが目に見えます」

「まぁそうだな」

「身の安全を優先したのですよ」

「当たり前だ。命を無駄にすることはない」















自分に合ったことをすれば良い、と優しく微笑みながら、くしゃっとの頭を撫でると
片目をつむり恥ずかしいような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべる。


















「権も気をつけてね」

「うむ」

















二人向き合い、クスッと笑う。


















「こうも天気が良いと眠気が襲ってくるな」

「お休みになられてはどうです?もう仕事は終わってますし」

「そうだ……な………」




















よほど疲れていたのか、の肩にもたれてすぐに眠ってしまった。
体を少しずらし、孫権の頭を自分の膝に乗せる。



















「あっ!〜権兄サマ〜!」

















尚香と二喬が手を振りこちらに向かってくる。
慌てて尚香達に“しーっ”と人差し指を口の前でたてて“静かに”と示す。
















「尚香様、今け…仲謀様はお休みになられたばかりで…」

「ごめんなさい…権兄様ってこんな顔して寝るのね〜」















膝枕までさせちゃって、とからかい口調で言う。















「あ、それは私が…肩だと疲れもとれないでしょうから」

「愛だね〜ちゃん」

「幼馴染みというのは、それだけ心を許せるのですね」















にこにこ笑って言う二人。
小喬は“あたしも周瑜様にやってあげようかな〜”などと言っている。
そういう無邪気さがとても可愛い。




















「ふふっ邪魔者は退散しま〜す」

「じゃあね〜」

「それでは失礼します」

「ちょっ……」

















言いたい放題言って早々と立ち去る三人を呆気にとられて見送る。




















「愛……か」

















小喬に言われた言葉を自分で小さく繰り返し、寝ている孫権の髪にそっと触れ、
微笑む。

二十年近く共にいるから、愛なのかどうかなど分からなくなってしまっている。
それでも大切な存在であるのは変わりない。それはきっと孫権も同じで。
ずっと側にありたいのだ。孫権が一国の主となる時も、…誰かを娶る時も。
どちらかが死にゆく時もずっと側に────。

そんな事まだ先の話か、と軽く息をついて笑う。



















「側にいさせて」




















寝ている君に、そっと囁いた。




























「微笑ましいですね」

「あの二人は昔からほのぼのしてたわね〜」

「なんかもう夫婦みたいだよね」

















少し離れた所で見ていた三人が口々に言う。
澄んだ蒼の広がった、あたたかい午後。
















      END








本当はこれも続き物の予定で書き始めたのですが…
…幼馴染みでも名前で呼んだりしませんね;字だろ…

私のほのぼの系ってさ……何もしないですね(笑)
お前は『何もしない』 『長編』 『死にネタ』しか書けやんのかい!
…と、自分でつっこんでみる(虚しい)

                            ++美空++