「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ジーンズに運動靴、そしてリュックを背負って私は家を出た。
後ろ手で玄関のドアを閉めようとして、お母さんと弟の声が聞こえてきたので
思わず手が止まる。
「友達とハイキングですって。楽しそうね」
「ふーん、友達ねぇ…」
がこちらを見た気がしたので逃げるようにドアから手を放した。
バタンッとドアが閉まる音を背中で聞いた私は、心の中で悪戯をした子供のように舌を出し、
待ち合わせの場所まで足を速めたのだった。
山花
「お待たせ」
「、やっと来たか……わしを待たせおって」
待ち合わせをしていた相手、政宗に軽く手を挙げて時計を見る。
そんな私に言葉で不機嫌を表している彼だが、表情でそうでないのが見て取れた。
「まだ10分前」
「ふん、わしは15分前に着いたわ」
楽しみにしていた、というのを彼なりの言葉で伝えてくれた政宗は
お母さんに言った「友達」とは違う。
まぁ…その……か、彼氏というヤツでして。
親には友達と言って出てきたわけですよ…よくある話じゃない?
だって、わざわざ紹介するなんてできないよ!か、かれ…彼……
あ〜〜もう!!
「は、恥ずかしい……」
「はあ!?」
っと。思わず声に出してしまったようで、これを違う意味で受け取ったのであろう
政宗の顔が、今度は本当に不機嫌になってしまった。
私は訂正するために慌てて「違う違う」と首を振ってみせる。
一緒に居るのが恥ずかしいのじゃなくて……
「彼氏っていう響きがなんだか恥ずかしくて……嬉しいの」
自分でも文脈が可笑しいのは分かっている。
分かってはいるが、どう表現すれば良いのか分からなくて、こんな拙い
言葉になってしまったが、政宗は意を解してくれたようだ。
「慣れろ」
そう照れながら笑みを浮かべた政宗は、少し先を歩き始めたので
このなんだかくすぐったい雰囲気のデートは始まったのだった。
「わー、さすがハイキングコース。人が結構いるね」
「…もっと少ないと思ったのだが……」
「?別に良いじゃない」
「まぁそうだが…二人で登りたかっただけだ」
短く息をつき、狂った予定をどうすべきか考え始めた政宗の様子があまりにも
自然だったので、危うく聞き流してしまうところだった。
“二人で”
好きな人にそう言われて喜ばない人なんていないよね。
私は政宗の服の裾を軽く引いた。
「最後尾、歩こう?」
「―――そうだな」
示し合わせて歩行ペースを落とした私たちの隣を次々と人が追い抜いていく。
最後尾を歩く私たちは本当に二人きりで、まだ付き合い始めの二人にはどこか
気恥ずかしくも思える空間だった。
「頂上までどのくらいあるのかなぁ?」
「さぁな。昼までには着くだろう」
「あ、約束通りお弁当作ってきたから」
頂上で食べようね。
そう言ってリュックを指さすと政宗は「食べてやっても良いぞ」と
からかうように笑うから、私は政宗よりも前を歩き始めた。
「そんな事言う人にはあげない」
「まてまてまて!」
「冗談でしょ?分かってるよ」
くすっと笑う私の頬を「こいつめ、少し焦ったではないか!」と恨めしそうに、
それでいて私とのやり取りを楽しむようにして引っ張ってきた。
私も政宗も終始笑顔だったので、このまだ幾度もしていないデートは
何事もなく過ごせるだろうと思っていたのに。
やっぱり、そんなにも甘くはないみたい。
きっかけは、ほんの些細な事だったんだけど。
「…政宗、しんどくないの…?」
「、お前は体力がなさ過ぎだ」
普通だもん!
そう抗議した言葉は政宗に鼻で笑われてしまった。
これにはさすがにカチンときて少し言い返してみたのだが…
うん。これがまずかったようだ。
「…なんでそんなに体力あるのよ」
「そりゃあ、わしは男だからな」
「運動部だからでしょ。背だって小さいのに」
しまった、と思ったけどもう遅くて。
小さく青筋をたてた政宗が「聞き捨てならんな」というように振り返った。
「…ふん、その小さい背の奴より劣っているお前はなんだ」
「私だって運動部に入ってればそれくらい――――」
「はっ、実際に入っておらん奴は口だけは達者だな」
どうせ続かんだろうが。
お互いにむっとした顔を付き合わせ、ふんっと同時に逸らすと政宗は先々と
頂上に向かって歩き始めた。
謝りたくても……追いつけない。
「………ごめん、なさい…政宗……」
呟いただけのその言葉は、前を歩く政宗にきこえるはずもない。
しばらく一人で黙々と歩いていたのだが、頂上までの道のりを知らせる看板が
立っているのが見え、それによるとあと少しで着くようだった。
もう、政宗は着いたのかもしれない。
(自分の馬鹿さに涙出そう…)
いっそ座り込んでしまおうかと思った時だった。
「っ来い!!」
「ま…さむね……!?」
頂上方面から降りてきた政宗が私の手をとって引っ張った。
坂道を駆け上る政宗に手を引かれているので、自然と私の足取りも駆け足となって。
何を急いでいるのかなんて考えている余裕なんてなかった。
政宗の呼吸と私の呼吸が重なって聞こえるだけ。
そんな私たちは急に開けた場所に出て、ここが頂上なんだと頭の隅で思う。
頂上に着いたにもかかわらず政宗の腕を引く力は弱まらなくて、人が落ちないように
立てられた柵の所まで来てようやく止まった。
腰ぐらいの高さの柵に手をついて、乱れた息を整えていると政宗が向こう側を指さし
「見ろ」
顎へとつたう汗を拭いながらそう言った政宗は、往復を走ったくせにもう息の乱れが整いかけていたので
少し悔しく感じたのだが―――そんなもの、すぐに頭から飛んでしまった。
だって………
「う…わぁ、すごい景色…!!」
頂上から見た下の景色は、おもちゃの街のように小さく
ここまで登ってきたのだという感動と、見晴らしの良すぎる景色に私は声を失ってしまった。
口元に手をやり、政宗の顔と景色を交互にみやる。
そんな私に政宗は柵に座り、握ったままだった手を少し上げて小さく微笑んだ。
「仲直り、な」
「〜〜ごめっ……なさい……!」
繋いでいた政宗の手を、もう片方の手で握りしめて額につけた。
祈るような格好に似合わず私は謝罪の言葉を繰り返し、それは政宗が抱きしめてきたので
途切れてしまった。
「喧嘩もできぬ男女は長くはもたんと言うではないか」
「でも…ごめん…」
「言いたい事は言い合えば良い。そうであろう?」
「ん……でもさ、やっぱりごめ―――」
「だーっ!!だから“でも”も“ごめん”も聞きとうない!!」
少しは口を閉じろ!!
ゴツンッと大きな音が頭の骨を伝わって聞こえ、痛さに思わずしゃがみ込んでしまった。
〜〜〜石頭!!
それでも、政宗にもそれなりにダメージがあったのか涙目になって「弁当、喰うぞ」と
腕時計を指さす。時刻を見ると昼時で、確認したと同時に空腹を感じたので予定通り頂上で
弁当を広げる事になった。
「嫌いなものある?」
「んー……」
「あっても食べてね」
「なん…なんじゃそりゃ!」
こうやってふざけ合ってる時間が楽しい。
政宗は「喧嘩できない男女は長くもたない」って言ったけどさ、
やっぱり喧嘩しないに越したことはないよね?
「美味かった」
「お粗末様です」
木陰に横になった政宗は目を閉じた。
私は扇子を取り出し、ゆっくりと彼に風を送りながら辺りを見回した。
自然に囲まれたここは地上よりも静かで、聞こえるのは葉の揺れる音と
時折鳴く鳥の声だけ。静かに瞼を閉じると、一層その音が大きく聞こえて
気持ちが優しくなった。
「…寝ておるのか?」
「…ううん。鳥の声、聞いてるの」
「……」
「ん?」
「好きだ」
―――彼は……いったい何を言った?
いえ…聞こえなかったわけじゃ、ない。
脈絡のないその一言を理解するのに時間がかかっただけ。
「〜〜〜なっ…何いきなり!!」
「が鳥の声を聞いている、などと言うたからな」
「だからって……どうして」
「鳥の声、まだ聞こえるか?」
聞こえる……わけないじゃない。
あれだけはっきりと聞こえていた鳥の声や木々の音が全く聞こえなくて……
変わりに政宗の声と、自分の心臓の音が嫌というほど耳に入ってくる。
…それが目的?
赤いのであろう顔を政宗にむけると、満足そうな笑みを浮かべていて
まるでそれは「わしの声を聞いていれば良い」と言っているようで余計に恥ずかしくなった。
〜〜支配欲強すぎ!!
山を降るのは登る時よりも随分と楽だったが、頂上を出発するのが遅かったので
降りきった時にはもう日が暮れ始めていた。
赤い空の下を二人で並んで歩いていると、政宗の足が静かに止まった。
「着いたぞ」
「……もう終わっちゃったのか…今日」
「だがまだ休みはある」
「…そだね」
部活もあるけどね?
い、言うな……
政宗が私の髪に触れ
「また」
そう短く言って踵を返し、歩き始めた。
私はそんな政宗を追い掛けようとして…疲れていた足がもつれてしまった。
「まさむ―――っ?!」
「!?」
引き止めるはずが政宗の腕に受けとめられてしまい、二人の影は重なった。
すぐに姿勢を立て直す事もできたが、私は離れたくなかった。
政宗も、すぐに放そうとはせず支える腕に力が入ったのが分かり、私は
それを感じてから自分で姿勢を立て直した。
「……大丈夫か」
「うん…それじゃ、ま―――」
また、と続けるつもりだった。
政宗に唇を塞がれなければ……。
「、ではまた」
「う……うん…」
背を向けて手を挙げた政宗を、呆然と見送っていた私だが
急に火が付いたように顔が熱くなりその場に座り込んでしまった。
ま、政宗はさらっと何て事を……!
顔が…顔が上げられな――――
「?何してるのあなた」
「ひゃあ!?」
振り返ると、お母さんが家の前で座り込んでしまっている私を不思議そうに覗き込んでいた。
私は慌てて立ち上がり「なんでもない」と笑みをつくると
「あら」
「?」
「可愛い花を挿してるじゃない。ハイキングで摘んできたの?」
「え?」
何をいっているのか分からずに髪に手を当ててみると、髪とは違った感触がして。
そっと抜いて見てみると橙色の花だった。
……いや、夕日で橙色に見えただけで、実際は白い小さな花であった。
政宗が帰り際、髪に触れた時に挿したのだと分かり、私はつい緩んでしまう口元を
その花で隠すように口付けた―――――。
優しい花の色合いに
思い出すのはあなたのことだけ
この花によく似た
優しいあなただけ―――
END
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2222番、小波様リクエストの現代版・政宗夢でした☆
…お、遅くなって大変申し訳ありません……;;
な、なんとか短編にまとめる事ができました!ふうー;
長編でもOKという優しいお言葉、嬉しかったです(≧へ≦)>
リクエスト、本当にありがとうございました!
少しでも楽しんで頂ければ幸いです…!!
++ 2006/1/15 美空 ++