白無垢に身を包み、初めて幸村と対面をした。
深々と頭を下げ、顔を上げるとお互いの視線がぶつかり合う。
幸村が自分の顔を見て固まった気がした。
…いや、それは自分もかもしれない。



(こんなに若い人だったんだ…)




   階段の途中 [1]




は今日幸村を見るまで、もっと年上の男性を想像していた。
だが、実際は自分とさほど変わらない出で立ちだったのだ。
は軽く父親を睨む。きつい視線を受けた父は何のことか分からず焦っていた。
…気の毒だと思ったのだ。自分ではなく、彼が。

私には、特に想いをよせる相手などいなかった。
いきなり「結婚しろ」というのはさすがに驚いたけれども、いざ結婚してしまえば
何の抵抗もなく彼に尽くせる…尽くすように努力はできるだろう。
たとえどんなに歳が離れていても…嫁としての義務だ。
そう思っていたのだけど。



(まさか相手が想像していたよりはるかに若いとは…)



私みたいな「嫁き遅れ予備軍」が相手なんて気の毒すぎる。
は出そうになったため息を押し殺した。
そんなをよそに、式は着々と進んでいく。
ちらっと気づかれない程度に幸村を盗み見ると、彼は平然としていて。
これからどんな関係を築いていけるのかは、成り行きにまかせていくしかないなとは力を抜いた。




式も順調に終わり、夜も更けてきた。
幸村とは両家の親に背中を押されるようにして寝室に押し込まれた。
は父親に叫んでやりたい衝動にかられたが、幸村の前なので押さえる。
幸村は少し困ったように頭を掻き、軽く息をついた。
そんな様子を見たは、軽く拳を作り、思い切って先に声をかけた。



「幸村ど…様はまだお若いのでこれからもっと良い方と出会われるかもしれませんのに…」



父の軽率な行動、何とお詫びしてよいか…
沈黙を破り、頭を下げてそう続けたの言葉に幸村は少し驚いた表情をしたが、
すぐに表情は戻り、平然と返した。



「いや、それはこちらの台詞です。父が勝手なことを…申し訳ない」



幸村も頭を下げる。
この言葉で彼の心境が分かった。
父親に言われ、それに従った。この縁談は、両家のためだから。
そう割り切ってしまえば、昨日まで顔も知らなかった人と結婚できる。
たとえ、自身は結婚に興味がなくとも。
全て自分と同じなのだ。

それが分かると、緊張や不安はどこかに飛んでしまって。
だが、愛がないと分かったからといって冷めきったわけでもなかった。
幸村の纏う柔らかな雰囲気がそう感じさせたのか。
ただ成り行きにまかせばいいと。無理に愛を育まなくてもいいだろうと。
二人の間で暗黙の了解ができてしまったようだ。



「…お互い、父親には困ったものだな」
「…そうですね。本当に」



初めて幸村の表情がゆるんだ。つられるようにも微笑を浮かべる。
結婚初夜、二人は何事もなく眠りについた。



        ・
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      幸村side
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「縁談を決めてきたぞ」



いきなりそう告げられたのは何日前になるだろうか。
いきなり父親に呼び出されたと思ったらそれだった。



殿を知っているだろう?彼に娘が居てな。まだ縁組みをしていないといっていたので、
 だったらお前と、とな」
「な…にを言っておられるのですか…私はまだ結婚などっ」



妻などまだいりません。興味もありません!
そう続けた幸村に昌幸はため息をつき苦笑した。



「まだ、まだ、まだ。お前はこの先ずっとそう言いそうだな」



父親としては心配もするぞ?



だからってこんな、いきなり結論から告げられても!
幸村は自身の動揺を覚えずにはいられなかった。
もっともっと武を磨き、精神的にも強くなって、自分にも余裕ができたら――――


(決められた結婚だろうが何だろうが、するつもりではいたが…)


「正直、今の私にはそんな余裕はありません。私はもっと……」
「守るものがあるのとないのでは心の持ち方、強さのあり方が変わるものだぞ?」
「私はお館様をお守りし――――」



最後まで言う前にげんこつが落ちてきた。



「お館様と妻とでは全然違うわ!この堅物めっ」
「っつ―――――」
「先方の娘さんは、なかなかに惹かれるものがあったぞ?お前も会えば分かる」



あれはきっと良妻賢母となるだろう。私の直感だがな。
昌幸の言葉を殴られた頭をさすりながら聞いていたが、直感で決められたのではたまったもんじゃない。
たまったもんじゃないが、ここまで乗り気な父親を説得するのは無理というものだ。
しかも、こちらから申し込んだものでもある。


(受けるしかないではないか…)


「婚期が早まっただけではないか、幸村。家との縁が強くなるのは良い事だ」
「…分かりました」





(そして今日が初の顔合わせだが…)




顔をあげた彼女と目があった。
正直、特別美人というわけでもなかった。
だが幸村は、なぜまだ結婚していなかったのだろうと思わずにはいられなかった。
白無垢に黒目黒髪がよく映えていて、その黒い瞳が自分の顔をじっと見ている。
…いや、固まっていると言った方が適切かもしれない。
幸村は自分も少し固まっているのに気づき、次の行動に移ろうと視線を外した時
視界の端で彼女が細目で誰かを睨んでいるのが分かった。
きっと誰も気づいていない。
その視線の先を追ってみると、どうやら殿のようで。
…気づかなかったフリをした。




式が終わるといきなり二人きりにさせられて。
夫婦になったとはいえ、昨日まで顔も知らなかった女性と二人でいるというのは
妙な感じがする。同時に、何を話して良いか分からなかった。
困ったが、とりあえず何か言おうと口を開いたが、言葉がでるより先に彼女の声が寝室に静かに響いた。



「幸村…様はまだお若いのでこれからもっと良い方と出会われるかもしれませんのに…
 父の軽率な行動、何とお詫びしてよいか…」



驚いた。
先に声をかけた事に対してではなく、自分が言おうと思っていた言葉を先に言われたからだ。



「いや、それはこちらの台詞です」



そして分かった。



「父が勝手なことを…申し訳ない」



この結婚には少しの愛もないらしい事が。…当たり前なのだが。
お互いそれが分かったので、冷め切ってしまうのかと思ったが意外とそうでもなかった。
彼女だからなのだろうか。…よく分からないが。
父が言っていたことも少し分かった気がする。



「…お互い、父親には困ったものだな」



彼女なら―――殿なら、無理矢理に夫婦の形をとらなくても良いような気がした。



「…そうですね。本当に」



殿が微笑んでそう言った。


全ては、成り行くままに。
私たちは、寄りそうでも触れあうでもなく夜を過ごしたのだった。




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父・昌幸の喋り方は適当です;


    +++ 2005/9/6 +++