結婚して幾日かが過ぎた。
幸村は屋敷で居る事もあるが、出かける事も多かった。
この日も付き合いなのか、出かけるようで。



「行ってらっしゃいませ」
「ああ。留守を頼む」




   階段の途中 [2]




は幸村が部屋から出て行ったのを耳で悟り、ゆっくりと頭を上げた。
そして一つ息をついて肩の力を抜いた。
更に入り口付近まで歩を進め、夫が玄関から出て行くのを確認すると
すぐに立ち上がり、着物の袖をたくし上げて奥からごそごそと何かを取り出す。
手に持ったものをくるっと一度まわし、よし!と気合を入れた。



「さて…掃除しますか」



手にしていたのはいわゆる「はたき」で。
髪も簡単に結い、まずは手始めにこの寝所から掃除することにした。
元来、じっとしていられない性質のは張り切っていて
廊下も、絞った雑巾を持って一気にかけていく。
特に苦になることもないので鼻歌混じりにこなしてゆき、玄関付近までたどり着いた。



「お、奥様!ここの掃除は私が致しますから…」
「あら、そう?」



それじゃ仕方がないわね…
残念だがここは彼に任せよう。
だが、これだけでじっとしているではなかった。
庭に出るための履き物をひっかけて庭へと降り立ち、今度は着物の裾も少したくし上げてしゃがみ込み、
熊手を器用に使って庭の手入れを始めたのだ。
手にマメができようと、土で汚れようと、には構わない事だった。
そしては持ってきていた苗木を優しく植え付けた。
そこは悪目立ちする場所でもなく、かといって目にとまらない場所でもなく。
日当たりが良く、早速植え付けた苗木に温かい光が差し込んだ。
そこへ聞き慣れた怒声が飛んできて。



「これ!お前はまたそのような事を…!」
「これはこれは父上。こちらに来ておいででしたか」
「心配して来てみればこれじゃ!…、話がある。早急に汚れを落としてこい」
「はあ…そんなにお急ぎの話ですか?」
「山之手殿もお見えになるからじゃ!!」



義母上が?と目を丸くしていると噂の義母が渡ってきたのが見えた。
庭にしゃがみこんでいる私をみて、彼女も目を丸くしたがすぐに微笑み「まあまあ」と
口元に手を当てて笑っていた。
父が幾度か頭を下げていたので私も慌てて立ち上がり井戸へと走った。
身のまわりを手早く綺麗にし、二人が待っている部屋へと上がり、まずは義母に挨拶をする。



「お見苦しいところをお見せしました…」
「構いませんよ。元気なのは良いことですもの」
「こいつのは元気というか、落ち着きがなくて…親としては困り果てておりまして」
「……それで?父上は何用でここに…?」



正直、親しい者の居ない嫁ぎ先に父が来てくれた事は嬉しい。
だからなぜ来たのかなんて聞かなくても良いのだが、このままでは
義母の前で説教が始まりそうだったのでは早めに話を切り出した。



「用…というか、わしもお前がちゃんとしておるか心配での」
「はあ…幸村殿もご親切で……」
「幸村“様”!!」



父が耳ざとく敬称の訂正をしてきた。
そんな事では離縁されてしまうわ!と心配性な父は、ここで離縁されるともう
もらい手がいなくなると思っているのだろう。
それを聞いた義母は「そんなことは致しませんよ」と父を安心させるように笑った。



「……幸村様もご親切で、父上が心配なさることはありませんよ」
「それならば良いのだが……で、どうだったのだ?」
「は?」
「だから幸村殿とじゃ!順調か?」
「あら、それは是非とも私も聞きたいですね」



どうやら父も義母も幸村との結婚生活を聞きたいようで。
私は着物に葉が付いているのを手で取りながらさらっと言ってのけた。



「何もありませんでしたが」
「は?」
「ですから、昨夜も。その前も。何事もなく今に至り、先ほど出かけられましたよ」



これにはさすがの父も義母も何も言えなかったようだ。
開いた口が塞がらないというように固まってしまっていて、先に気をとりなおした
父が「なにを…なにをしておるのだお前達は……」と力が抜けたように頭を抑えた。



「思いますに、幸村殿は――――」
「様!!」
「……幸村様は他にお慕いしている方がいらっしゃるのでは?」



そう言ってのけると、父と義母が顔を合わせて目で会話をしているように見え
義母は激しく、と表現するのが適当なぐらいに首を横に振って「知りません」と
答えた。…まぁ息子が親に恋愛相談をするなんて思えないしね。



「で、ですが幸村の奥方はあなたですよ殿」
「そ、そうじゃ。誰がなんと言おうとそうじゃ」
「…では誠に残念ではありますが、孫のお顔をお見せすることは叶いませんね」
「………幸村……」
「幸村…殿……」



二人はここには居ない幸村殿の名を呼んで、痛むのであろう頭を押さえていた。
本来、頭を痛めなければならないのは私なのだろうが、特に何も感じることができずに
庭へと戻り、植えた苗木の周りを整え始めたのだから、父も義母も尚頭を痛めた事だろう。


申し訳ないとは思うが、相手の気持ちなどどうすることもできないものだ。




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      幸村side
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立ち上がると「行ってらっしゃいませ」と女性らしい質だが凛とした声がかかったのに
対し「留守を頼む」と一言だけ残して部屋を後にした。
そんな私たちは一応新婚ではあるが、お互いにそのような浮いた心を少しも持ち合わせて
いないので、危うくついこの間祝言を上げたということを忘れてしまいそうになる。
玄関から出て門をくぐると思わずため息が出たがそれは重いものではなく、単に「新婚、か」と
慣れぬ言葉に思いを巡らした際に出てきた軽いものにすぎない。
私は気を取り直して足を動かし始めた。



「よ!この新婚〜!」
「くのいち……」
「おめでとうございます〜幸村さま!」



祝いの言葉を述べてはいるものの、にやにやとなにやら企んでいる様子のくのいちに
用心せよ、と頭の中で警鐘が鳴り響いていた。
このような顔をする時はろくな事を考えていないからな……



「で?で?甘〜い新婚生活はどうなんです?このこのぉ!」
「生憎だが、お前が楽しめそうな話は何一つないからな」
「またまた〜。別に、夜のお話を聞きたいなーなんて言ってませんぜ〜」
「……行くぞ」



にゃはは、と笑い、何かを期待しているような目で見上げてくるが
本当に何もないので話しようがない。…あったとしても、話さないがな。
そんな私の様子に察したのか、え?ええ?と驚きに近い声を出し始めた。



「まさか幸村さま、まだ奥方様と契ってな――」
「く、くのいち!道ばたでそんなことを言うな!」
「…うそ。信じらんない!ホントにホント?」
「黙って歩け」



うひゃー、幸村さまの新婚生活の実態を暴いちまったぜぇ〜と、もはや
驚いているのか、からかっているのか分からない口調になってきたくのいちに
赤くなった顔を見せるわけにもいかず少し歩く速度を速めた。



「幸村さま、本当に男?」
「う、五月蠅いぞ!」
「お家のための結婚ってヤツなんだから、することしないと」
「無理に夫婦にならなくても良い。そういう思える人なんだ」
「とか何とか言っちゃって〜。好みじゃなかったって話なんじゃないですか〜?」



くのいちの言葉に足が止まった。
図星だったから……ではない。
私はくのいちを振り返ってしっかり否定した。



「まだ嫁いでおられなかったのが不思議な人だ」
「…へぇ。なら良いじゃない」
「気持ちの問題だ」
「お堅ーい。ね、名前はなんていうの?奥方様の」
…殿だ」



付けるべきか迷った末に、結局敬称をつけて紹介すると、案の定くのいちにからかわれた。
私はそんなくのいちを無視したまま目的地へと更に足を進めたのだった。



「綺麗な名前ですね〜」
「………ああ」
「にゃはは、綺麗なのは名前だけじゃないって思った??」
「黙って歩け」



…今度は図星だった。
そう思ったのは初めて名前を聞いた時だが、まだ本人に向かって
名前を呼んだことがない……気がする。
そんな事を思いながら外に居る私は、同じ頃その殿が母や殿と
何を話していたかなどと、知る由もなかった。




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幸村には他に好きな人が!?
はてさて、どうなる結婚生活。

…幸村サイドがやけに短くてスミマセン;



       ++ 2006/1/31 美空 ++