……気のせいじゃない……わよね?
買い物のために街に出てきた私なのだが、行き交う女性の視線がちらちらとこちらを伺っていく様子が
目の端にうつり、いささか気になってきた。
見知らぬ人に見られていると言うことは私の何かが可笑しいという事で。
「……どこか変?」
階段の途中 [ 4 ]
往来なので挙動不審にならない程度に自分の格好の確認をしてみると――
ああ、なるほど。
袖を数回振ってみると、明るい朝の日差しがちかちかと見え隠れするところがあり、
それがなんとも綺麗で風情がある――わけがない。
それは、昨日手裏剣によってあけられた穴で、思ったよりも目立っているようだった。
裾の部分にも数ヶ所あった。
私は別に気にしないのだけれど………
『これ!お前はもう真田家の一員なんじゃぞ!もっと体裁に気を配らんかっ」
そんな事では…そんな事では……!!
父の叫び声が聞こえてくるわ……
でも確かに、私のせいで家名を落とすわけにもいかない。
でも……どうしよう。
どこか座れる所はないかと辺りを見渡すと少し先に『呉服・反物』の字が目に飛び込んできた。
考える前に体が動いた私は迷わずその店に足を踏み入れた。
「あら。いらっしゃい、お嬢さん」
「は?…あの…針と糸を貸して頂けませんか?」
「…針?」
小綺麗な顔をした店の男性の「お嬢さん」という言葉に違和感を覚えたのだが、
聞かなかったことにして私は用件を伝えた。
そんな私の一言にぽかんと口を開けたままになってしまった店の男性(?)に再度貸してくれないかと問いかけた。
気を取り直したお兄さんはにっこり笑って
「あなたならこういう薄い色が似合うと思うわ〜」
「……あの」
「でも、こっちの色もいけるかもしれないわネ」
「…今着物を買えるお金を持ち合わせてはいないのですが…」
「〜〜お嬢さんは冷やかしに来たの?」
立派な商売魂を持ったおネエ……お兄さんはそう苦笑しながらも針と糸を取り出して貸してくれた。
私はそれをありがたく借りることにしてチクチクと穴を縫い合わせていく。
そんな様子を見ていたお兄さんが横から口を挟んできた。
「あなた…下手ではないけど上手でもないわネ…」
「……まぁその通りですけど」
「駄目駄目!そんなんじゃお嫁に行けないわよ!!」
……一応、嫁いでる身なんですけどね。
思ったことを率直に言ってくる人なのだろう。
だけどそれはいっそ清々しくて、私はなんだかこのお兄さんを憎めなかった。
「何だったら手ほどきするわよ」と言ってくれる傍でなんとか縫い終わった私は借りた物を返すと
店の中を見渡すゆとりが出来てきた。店内を見渡すと色とりどりの反物が置かれていて、見ているこちらを明るくさせた。
「今、そこに立てかける着物を作っている最中なの。もう仕上げの段階だから明日にでも見て貰えるわ」
それを見て買いに来て、ってね。
はっはっは、とオカマさんにしては豪快に笑いながらお兄さんが私の背中を強く叩いてくる。
そして、これも何かの縁よネ。これからもご贔屓に〜と笑って送り出してくれた。
強烈な印象を持たされた反物屋のお兄さんだったけれど、おかげで着物を縫う事が出来たので良かったわ。
もう、すれ違う人々の視線は感じず、私は「よし」と唇で弧を描くと買い物を続行した。
買った量はそう多くないのだが、一つ一つが重いので少しふらふらしているのが情けない事だが自分でも分かった。
ふう、と息をつきながらも歩を進め、人だかりを通り過ぎようとして――人の波の力が横から加わり、それによって
平衡感覚が失われ、「転ける…!」と覚悟した時だった。
「!?」
「おっと」
「あ……ありがとうございます」
「大丈夫ですか?」
転けてしまう所だった私を近くにいた男性が支えてくれた。
その腕や手は、女性のものなんかよりもずっとしっかりしていて安心感を与えてくれる。
幸村殿の腕もこうなのだろうかと頭の隅で思いを巡らしたのだが、そんなこと私に分かるはずもなく。
しばらく呆けていた私を、優しい穏やかな顔をしたその人は、その表情と同じように優しく立たせてくれ、
少しばらまいてしまった荷物を手渡してくれたのだが……なぜかその手が止まった。
私は不思議に思って顔を見上げると彼は私を覗き込んで一度頷いて見せた。
「この人混みはしばらく続きますよ。抜けるまでお持ちします」
「!いえ、そこまでして頂くわけにはいきません」
「お気になさらずに。趣味ですから」
「趣味…?」
その人は「人助け、人助け」と笑いながら歩き始めてしまったので私はその後を追うしかなくて。
幸村殿よりは低いとはいえ、私よりははるかに高い背の人を追うのは、歩幅の違いからか大変で
それに気付いた彼は立ち止まって私を待ってくれた。
そんな彼の横に並んだ私なのだが……
(これは……不味いのかしらね?)
仮にも真田幸村の妻。
見知らぬ男の隣を歩いている所などを知っている者に見られては、いらぬ波風が私達の間に立ってしまう。
……立たないかもしれないけれど。
「あ、気になります?旦那さんの目」
「え?は、あの……」
「そういう顔をしています。でも…大丈夫ですよ」
大丈夫って……その根拠は何?
よく分からない人だ、と思う。話にしても、行動にしても、脈略がなさすぎる。
だが、そのよく分からない彼は知らぬ間に人混みを抜けるどころか、家の前まで荷物を持ってくれていた。
彼がこちらを向き、もう何度目かになる笑みを浮かべて
「着きましたね」
「はい。……ではなくて、どうして!?」
「お名前、聞かせてくれませんか?」
「あ、私は――」
「 です
殿 」
驚いて彼の顔を見上げると、先ほどのように微笑みながら「よかった。合ってました」と言う。
私の頭は混乱してきており、何から聞けば良いのかすら分からなくなってきてしまった。
名前……なぜ?家も……
だが、私が彼に問うたのはそんな事ではなかった。なかったのだが……
「あなたのお名前は…?」
「んー、それは旦那さんに聞いてください」
何を聞いてもはぐらかされてしまって、結局何も分からないまま彼の背中を見送る事となった。
幸村殿の知り合い――という事かしら?
とにかく、幸村殿の帰りを待ってみることにした。
……このように「帰りを待つ」というのは初めてかもしれない。
いつもは帰ってきたから迎えに出る、という感じだから。
とは言っても、今日の「待つ」と言うのはちょっと動悸が不順よね。
……帰りを心待ちにする日はくるのかしら?
苦笑を浮かべながら私は台所へと向かったのだった。
「幸村様、少しお聞きしたいのですが…」
「なんだい?」
夕餉を共にしている時にそれとなく聞いてみる事にした私は、会話の邪魔にならないようにそっと問いかけた。
幸村殿は少し驚いた表情だったがすぐに元に戻って微笑んでくれて。
それによってさっきより聞きやすくなった私はホッとした所であの男の事を聞いてみる。
「実は今日、街で私を助けてくれた人がいたのですが、どうやら幸村様のお知り合いのようで…」
「助けられた、とは…何かあったのですか?」
「あ、いえ、人混みに押されて倒れそうになったというだけで」
「そうか。怪我はなかったのですね?」
「はい」
怪我の心配をしてくれた幸村殿の優しさは温かくて、自然と笑みがこぼれ落ちる。
…何だか嬉しかった。
そして、はたと気付いた。
「…お前達、話がずれておるようだが?」
「幸村の知り合いで、それは誰か、というお話ですよね?」
「そ、そうです」
「それはどんな人だったのだ?幸村の知り合いなら私も知っておるかもしれんしな」
義父上と義母上が話を戻してくれたのだが、「どんな人」と聞かれて私は困ってしまった。
変わった人…としか……
「穏やかに笑う方で…その、人助けが趣味だと彼は言っていました」
「「 ぷっ 」」
「え?」
優しい、という単語はあえて言わないでおいた。そうした方が良いと思ったから。
そう配慮を加えて説明した彼が誰なのかすぐに分かったようで、幸村殿と義父上が急に吹き出し、肩を振るわせて
笑い始めた。何……!?
「それはあいつだろう。のう、幸村」
「ええ。そやつの名は――」
「佐助さん、か」
昨日、幸村殿が教えてくれた事は「猿飛佐助」という名前と、真田家付きの忍者ということ。
忍……どうりで話をかわすのが上手いわけだ。
私は花に水をやりながら空を仰いだ。もうそろそろ咲きそうな花がかすかな香りを漂わせている。
彼は……変わった人だった。忍って…いろんな人がいるのね。
この間突然現れた女忍を思い出していた。ほのかな香り。幸村殿からもする香り……
ふう、と息をついて立ち上がった。その事について考え始めるといつも身体が重くなって困る。
重い身体を軽くさせようとすこし伸びをし、その拍子にいびつに縫った袖が目について。
(そういえば幸村殿…仲間の人に笑われていないと良いのだけれど……)
心配しながら彼の着物を思い出していた。
刃物で斬られたような傷を見つけた私は昨夜、少しの間どうしようか迷ったのだが、縫うことを決めた。
裁縫が下手であるということは自分でも分かっていたのだが、放っておくことも私にはできなかったから。
慎重に、ひと針ひと針縫っていくのだが、どうしても歪んでしまう。
結局最後までそんな感じで……綺麗に縫えた自信はない。
私は反物屋のお兄さんの言葉を思い出していた。
「裁縫…習おうかな……」
せめて、幸村殿の着物を綺麗に縫える程度までには。
綺麗に縫ってあげたいと思う気持ちは、縫い物もできない自分が恥ずかしいからではなく、
私が下手な事によって幸村殿が何か言われるのが嫌だと思ったから。
そう思うようになったことに、私はまだ気付いていなかった。
「そういえば…」
着物はもう飾ってあるのかしら?
とりあえず……掃除とかいろいろ済ませてから見に行こう。
――と思って見に来たのが昼過ぎ。
どうやら一足遅かったようで……
「お嬢さんにも見せてあげたっかたワ…絶対あなたに似合うと思ったもの」
「そう…ですか」
どうやら売れてしまったようで、見ることはできなかった。
本当に残念そうに言ってくれたお兄さんは「次回作こそ見てもらいたいわネ」と、今度は優しく背中を叩いた。
楽しみにしています、と少し気落ちして店を出て帰路についていると後ろから声がかかった。
「こんにちは、殿」
「佐助さん!」
「あ、聞いたのですね。改めまして、猿飛佐助です」
軽く腰を曲げ、今度はちゃんと名乗ってきた佐助さんはまたあの日のように私の隣を歩いている。
幸村殿の目を気にしなくても良いと言っていた意味がようやく分かった私は安心を覚え、ついつい
気になっていたことを聞いてしまった。
真田付きなら…いろいろ知っているかもしれないと思ったから。
「あの、今日は幸村殿の様子はどうでしたか?」
「?殿のですか?うーん……変、でしたよ」
「変…」
やはり笑われたのではないだろうか。
裁縫もできない嫁……申し訳なさで俯いたまま顔を上げることができなかったのだが
脈略なく発せられた佐助さんの言葉で思わず顔が上がった。
「着物」
「え?」
「買うのですか?」
反物屋から出てきたからだろうか、そう聞いてきた佐助に私は首を振った。
すると佐助は「では僕があなたに贈りましょうか」と言ってきたのに驚いて顔を見ると
「そうすれば元気になりますか?」と私の頬にかかった髪をそっと指でのけた。
「なんてね。殿に買ってもらってくださいね」
と笑った佐助さんに、私はどうしていいのかわからず笑みを作ったのだが失敗した。
妙な笑顔になった私の肩を軽く叩くと、彼は昨日と同じように背を向けて帰っていき、私は
その後ろ姿にありがとうございます、と呟いた。
彼の……佐助さんの指が当たった頬がなんだか温かくてその熱を確かめるかのように私はそっと手で触れた。
そうして幸村殿が帰ってきたらどう謝ろうかと考えながら玄関をくぐるとすでに幸村殿が帰っていて。
(え!かえっ…帰っておられる!?ど、どうしようどうしようどうしよう!)
慌てて部屋に駆け込むと幸村殿が書物を開いて読んでいる所であった。
あまりにも大きな音を立てて襖を開いてしまったため、幸村殿が書物から目を離して私をとらえる。
「す…すみません!お迎えできずに……」
「ああ、構わないよ。今日は帰りが早かったしね」
怒って…いるようには見えないが、いや…怒っているのかもしれない……
部屋に入ってきた私から書物に視線を戻してしまった幸村殿の様子に
私はうつむいたまま顔を上げることが出来なかった。すると幸村殿の着物が目に入って……
余計に申し訳なくなった。
裁縫はできない、出迎えにも現れない……本当に、どうしようもない嫁だ。
「本当に…申し訳ありません!」
「ど、どうしたのです殿?!迎えの事など、そのように気になさる事では…」
「その事もありますが、着物の事も……」
「!着物って…誰からそれを!?」
「佐助さんが、幸村殿の様子が変だったと…私が…縫い物が下手なばかりに笑われたのではないかと…」
畳に額を押しつけるように頭を下げ、ひたすら詫びた。
幸村殿の様子がどうとか、気にする余裕もなく。
だがなぜか幸村殿が安心したように声を発したのが頭上から聞こえて。
「ああ、これのことですか?謝られてはこまりますよ殿。私は…その」
「嬉しかったのですから」
「え…?」
「ありがとうございます」
「え?でも様子が変だったと…佐助さんから」
「…それは…ですね、その……」
照れた様子で言ってくれたお礼の言葉に、私は頭を上げて問い返すと
更に頬を染めた幸村殿は浅い長方形の木箱を取り出してきて私の前に差しだした。
「これを…殿、あなたに」
「これは……」
蓋をそっと上げると、目に飛び込んできたのは淡い桜色。
手を伸ばして触れるとそれは布の感触で。
「着物…!?これはっ」
「くのいち…が、傷をつけてしまいましたから…色の好みが分からず困ったのですけれど」
似合うと…思いまして。
幸村殿が…これをわざわざ?これを買ったから様子が変だった…?
幸村殿が更に何か言っているのだが、私にはもう聞こえてはいなくて。
「ちょっ…殿!頭を上げてください!」
「ありがとうございます…!」
気にしないと言ったのに。
裾ぐらい、何て事ないのに。
だからといって、わざわざ買ってきてくれた幸村殿に対して「申し訳ない」という思いはなく、
身体の奧からあふれ出してくるのは喜びだけだった。
嬉しくて……その嬉しさで胸が熱くて。
でも、どうすれば良いのか分からず私は頭を下げることしかできなかった。
そんな私に幸村殿は言ってくれた。
「それを着て笑ってくだされば……それで十分です。殿」
気が付けば庭に植えた花が綺麗に咲いていた。
だけど、元々植え付けられていた花が咲いたことには気付いていない私だから
それ故に幸村殿を苦しめることになるとは思いもしなかったのだ。
幸村side→
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お待たせしました!幸村夢連載4話目です。。
今回、話が長くなってしまったので4話、4.5話と二つに分けさせて頂きました;
一話追うごとに長くなっていきますね……
そんな4話目、猿飛佐助を出してみました(笑)
こんな丁寧語キャラにしたわけは…カプコンの某ゲーム(笑)の佐助と
被らないように…と思いまして。。小助にしようか迷ったのですが…
あ、管理人はくのいち大好きです!;
ちょっと礼儀知らずにしすぎました……反省。
++ 2006/5/27 美空 ++