何喰わぬ顔であなたに挨拶を述べる。






暇そうな友人を見つけてはからかって笑い声をあげる。






その寂しげな瞳に吸い込まれるように、あなたの腕の中で眠りにつく――――















あなたは知っていますか

伽の時間だけがとても幸せな私の心を























   ―― 短的夜幸福 ・ 前編 ――























「やぁ絳攸。今日も相変わらずなのかい?」

「………見れば分かるだろ」








遠目に二人の友人(?)が目に入り、ゆっくりと気怠げにその個室まで足を運ぶ。

府庫内ですれ違う人々が奇妙な物をみるような視線を送ってくるが私は気にも留めずに

ただ視線は二人に、耳は自分の足音へと傾けていた。

先の個室では開いた扉の所で茶化している男―――藍楸瑛に、その言葉を受けた李絳攸は睨み返していた。

ただでさえ苛々している様子だというのに、あの男が来たのでは………









「おぉ、怖いね。その様子だとまだ目通りさえ叶っていないようだ。どうしてだろうね」

「〜〜〜〜そんな事、俺が一番聞きたい!あンの昏君、会ったら絶対殴ってやるっ」

「それはそれは。良い薬かもしれないけど私は遠慮しておくよ。手が痛むと困る」

「ふんっ、馬鹿に効くのはコレだろーよ」







…彼の短気さを暴露するようなものだな。

怒りで引きつった笑顔を作りながら絳攸は手元にあった厚めの本を叩いた。

うーん。あれは馬鹿でなくとも痛いだろう……

想像してしまって思わずすくめた肩が、だらしなく着ていた服のあわせから露わになる。

あぁ…これのせいか。

道行く人々が私を振り返っては何か言おうとしていたのは。

寝ぼけていた(ではすまない)のだろうか、私は夜着の格好のまま歩いてきたようだ。

その夜着もはだけにはだけ、そんな私をみて頬を赤らめた人達は、夜に寂しくなれば相手をしてくれる

のだろうかとまだ起ききっていない私の頭はそんな事を考えていた。



そんな私を現実に引き戻したのが絳攸の「げっ」という声で、自分の足がすでに

個室の前まで来ていた事をようやく理解した。

ああ…気が付けば楸瑛の背中が目の前にある。












「おまっ…その格好――――!」

「…。これはまた官能的な格好をしているね…君が女性ならどんなに素敵な光景だろう」

「お前は黙ってろ!!―――!仮にも官吏のくせに身なりを整えろ!」

「おはよう、楸瑛殿。絳攸殿」

「呑気に挨拶などするな!さっさと着替えろこの阿呆っ」










着替えろと言われても…ここに官服を持ってきていないよ。


そう欠伸まじりに言って髪を適当に結った。

そのせいだろうか、絳攸の体が怒りでわなわなと震え、手にしていた厚い本を振りかざしたのに

気付くのが遅れてしまい、その本は―――いや頭が大きな音を奏でた。

痛みがじわーっと伝わってきて、その衝撃と同時に思わず涙がぽろぽろとこぼれていく。










「目から鱗が……」

「いや、使い方が全っ然違うよ。君、文官だよね?」

「た、叩かれたぐらいで泣くな!」

「痛いから出てきたわけじゃない……」









衝撃で、ぽろりと。

だから拭き取ればすぐに止まり、泣いた様子などは目に全く現れていなかった。

あ、でも叩かれたお陰で目が覚めたかな……。

そんな私の突飛な様子に怒る気も失せたのか、絳攸が「服とってくる…」と

頭を掻きながら室をでていこうとしたのだが、それは楸瑛によって止められる。








「私が…行くよ。君じゃ帰って来れないからね」

「…さっさと行ってこい」

「凄く不本意だけどね…」

「自分で行くよ?」

「「 駄目
   出るな 」」








口をそろえて言う二人にもう何も言えなかった。

…ま、良いか。二人とも暇そうだしね…っと、これは今禁句かな?

声に出てしまったのだろうか、絳攸が再び引きつった笑みを浮かべながら

先ほどの本を手にしていた。










「まだ目が覚めないようだな」

「十分覚めたよ絳攸殿…だいたいそれは馬鹿に効く本じゃなかった?」

「馬鹿も阿呆も同じだっ!」

「おやおや、朝から元気ですね絳攸殿、殿」

「「 邵可様 」」








邵可が盆にお茶を乗せていつもの笑顔で声をかけ、その手にしていた物を

私たちの前にある机に小さい音を鳴らせて置いていた。

そんな府庫の主は私の格好を目にして「おや」と少し眉を上げ







「その格好でいらしたのですか?」

「みたいですね…今楸瑛殿が服を」

「“みたいですね”って…自分の事だろうが」

「服は…部屋にあるのですか?」

「……あ」








そっか。そういえばそうだった。

邵可の言葉で自分の官服を置いている場所を思い出した。

…結局は自分で行かねばならないようだね。







「あぁ…楸瑛殿には無駄な事をさせてしまった…」

「??おい、話が全然見えないぞ」

「自室に官服を置いていないんだよ」

「はあ?」






煎れてもらったお茶をせっかくだから飲んで行く事にしたが…

この味で完璧に目が覚めたね。

丁度そこへ楸瑛殿が手ぶらで帰ってきたのでまず謝罪の言葉を述べ

無かった理由を絳攸に話した言葉のまま伝えた。

楸瑛もわけが分からない様子だったが、「行くならせめて格好を正しなさい」と

自分で取りに行こうとした私の夜着を整えてくれ、その時に見たのだろう首もとなどに

多数ついている赤い印で訳を察したようだった。










「ははぁ…女性ですか」

「何ぃ!?」

「…想像にお任せするよ」








ちらっと二人に気付かれないように邵可を見やると、彼はそれに気づき

苦笑を浮かべていた。私はそれに微笑を返す。

そのままじゃアレなのでこれを羽織っていきなさい、と楸瑛が上着を一枚肩に掛けてくれた。

そして私は行きよりは確かな足取りで元来た道を戻っていくのだった。





















大きな扉を軽く数回叩いたが、中からは返事がなかった。

…まぁ本来こんな時間に居ないよね。

本来なら今頃しっかりと働いていて寝室などに居るはずがないのだが、如何せん

あの絳攸に昏君と呼ばれているお方だ。執務を放っていても不思議ではない。

だけど、中から返事はなかった。

まぁ良いかと思いつつ勝手に扉を開け、自分の服を探し歩く。

昨日脱いだ所は……っと。

室を見渡していると不意に背から声がかかった。










「どうしたのだ?」

「……服を取りに」

「そうか。は夜着のまま出ていったからな」

「教えて下さっても良かったのに」

「だって、言わなければまた戻ってくるだろう?」









この無意識な人はずいぶんと罪作りだと思う。

寂しいからそう言っているだけで、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

そんなに虐めないで下さい。あなたを好いている私の想いを。

私の想いなど知らずに主上―――劉輝は子供のように笑い椅子に腰掛けた。









「ん?でも着ているではないか。官服」

「あぁ、これは楸瑛殿が着て行けと」

「楸瑛の……?」

「痕、あまりつけないで下さいな。楸瑛殿に見られてしまった」







そう言った私だが、別にそんな事は微塵にも気にしていない。

むしろ私は望んでいる。

あなたと居られた事を実感できる印なのだから。

つけないでと言ったのは……ただ反応が見たかっただけ。

そう、私は臆病で卑怯者だ。こうした駆け引きで劉輝の私に対する思いを計っている。

少しでも反応があれば、他の男どもよりは勝っていると。

何事も無ければやはりそれだけなのだと。

…馬鹿な事をしていると自分でも笑ってしまうね。


劉輝が席を立って近づいてくる。表情は、いつもと変わらない。

私は気にしていないそぶりで自分の服を広い集めていた。









「楸瑛には…言っていないのか…?」

「別に…わざわざ伝える事でもないでしょう?」









後ろから回された腕が私の体を締める。

力強いのにどこか甘えている包容に私は目を閉じてしまう。

肩口に劉輝の唇が当たり、それはチリッとした痛みと共に離れていった。

そして楸瑛の服を器用に脱がしてくる劉輝はぼそっと呟く。









「楸瑛の…匂いがする」

「主……劉輝?」

「楸瑛が…好きか?」

「そうだと寂しいですか?」

「………ん」







腕の中で体を回した私は劉輝の首に唇を寄せて軽く吸った。

寂しいかと問うたのは自分を守るためでもあった。

寂しいか寂しくないかと聞かれれば彼は寂しいと答えてくれるだろう。

それだけの時間を共に過ごしてきた自信があったから。

劉輝と共に寝台へと倒れ込み、私は彼の口づけを受け入れると同時に目を閉じた。





たとえ恋愛感情が無くても、私はこうして抱かれるのが好きだ。

…でも愛してるなんて言わない。言っても仕方がない言葉だからね。

そうやって自分が傷つかないよう注意を払い、この短い幸せに酔っているのだ。





こんな時にしか呼べないあなたの名を、まだ私が呼んでいても良いですか?




















それでもいつかはやってくる。

あなたに――――愛する人ができる日が。

それが私なら良いなって………思う事は駄目ですか?

ねえ?劉輝――――























もしあなたに愛する人ができたならば、私はどうすれば良いだろう


















   NEXT→















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・○

書いちゃいました、彩雲国物語。。
初書きが劉輝かー…また難しい所を;
前編後編で収まれば良いなと思ってます。。


         ++ 2006/2/17 美空 ++