無意識に探していた。 そんな自分が嫌になり、頭を振って気を取り直す。 なぜ、頭を離れない。 考えたくないのに、頭の中で顔がチラつく。 劉備は頭の中をカラにしたくて、手にしていた酒をあおった。 憎しみの果てにあるもの [5] 夜。月が淡く照らし出す中、宴は行われていた。 劉備がようやく国を得たこと、馬超達が新たな仲間として 加わったことを祝っている。 互いの自己紹介をしたり、盃を酌み交わしたりしている中、馬超は 自分を負かした女武将が居ないことに気づいた。 あれほどに武将が宴に参加できないはずがない。 「時に劉備殿。と申す武将は……」 “”と聞いて皆ぴたっと話をやめ、妙な静けさが部屋を覆った。 なにか不味いことを聞いたのかと馬超は内心焦る。 「あれは…は宴にはめったに参加せぬ奴なのだ」 嘘では、ない。 実際あんなことがある前もは宴にはめったに顔を出さなかった。 一人酒瓶を持って外で居ることが常であり、時折、張飛に引っ張ってこられて 顔を出すことはあったが、いつの間にかすぐに姿をけしているのだ。 「…そうですか。いや、変わったお方だ…」 馬超はそれ以上何も言えなかった。 言える雰囲気ではないのを察したのだ。 それきり、の話題が出てくることはなかった……。 「殿を知らないか?鍛錬場にもどこにも居ないが…」 「殿なら城門にて警備をしておりますが…」 「はあ?」 聞いた馬超は唖然とした。 あれほどの武将が何もせずになぜ城門……それも警備をしているのか。 そんな事、聞いたことも見たこともない。 仮にも自分を負かした将が普段そんなことをしているのだと知り、 少なからずショックを受ける。 それでも自分より強い者への好奇心を抑える事はできず 城門まで足を運ぶことにした。 「…蜀では城門警備を一人でやるのか?」 「まさか。もう一人は物見の方に回ってもらっています」 後ろから当たり障りのないことを話しかけると、顔も向けずに 返事が返ってきた。なぜ、と聞こうとしたがそれをしなかった。 「何か用があるのでは?馬超殿」 「いや…しいて用はないのだが」 「…変わった方ですね。用もないのに私に話しかけるなんて」 「?意味がよく分からないが…別に変ではないだろう」 どういう意味が込められているのか、降ったばかりの馬超には分からなかった。 …分からないことだらけだ。 「むしろ変なのはそっちだろう?あんたほどの武将がこんな所にいる」 「…その内分かります」 「………」 竹林で戦った時は周りが薄暗く、はっきり顔を見ることができなかったが 今、淡々と話しているを見ると、とても美しい顔立ちをしている。 馬超は息を呑んだ。 この妖艶な美の持ち主が、あの大きな武器を扱って戦ってきたのか。 そして、先日は自分に勝ったのだ。 「殿、交代します」 二人の兵が歩み寄ってきて声をかけた。どうやらの隊の者らしい。 “頼みます”と部下に一声かけ、立ち去ろうとする彼女を呼び止めた。 「殿!」 「…何か」 「……手合わせ願いたい」 「……お受けしましょう」 静かにそう返事し、振り向いた。その瞳は真っ直ぐ馬超を見据え、 互いの視線がぶつかり合う。 どちらからともなく城外へと歩き始めた。 …決められた範囲のない外を選んだのだ。 門から出た所で二人は間合いをとったまましばらく動かなかった。 そこへ銅鑼の音が一音割ってはいる。手合わせ見物の兵が鳴らしたようだ。 それを合図に二人は地を蹴り武器と武器が音を鳴らしてぶつかりあう。 しばらくつばぜり合いをして、二人同時に後ろへ跳んだ。 一瞬速く馬超が再び槍を突き出し、連続攻撃を繰り出した。 は防御にまわり、相手の猛攻を受け流す。 しばらく攻防が続いたが、今度はが跳んで上から攻撃を加える。 そのまま背後につくが馬超は素早く反応して次の攻撃を防ぐ。 手合わせをこえた激しい一騎打ちに、見物していた兵達は開いた口が 塞がらない。もちろん二人はそんな兵達など目に入らない。 …入れる余裕がない。 少しでも気を抜くとすぐに決着がついてしまいそうで。 瞬きすら忘れてしまうような攻防戦を繰り返していたが、一瞬。 ほんの一瞬だけ速くが馬超の首元に鎌の刃を当てた。 時間が止まったかのように、二人は動かなくなった。 冷や汗が馬超の背をつたい、目だけですぐ横にあるの顔と首元の刃を見た。 「――――俺の…負け、だ」 息を止めたまま声を出すと、あてがわれていた刃が離され、 二人は向き合って一礼した。 途端、緊張が解け、一気に溢れてきた疲れが呼吸を荒くし 地面に膝をつかせる。周りで見物していた兵達も次々と座り込んでしまった。 こうして一騎打ちが終わった頃にはすでに日が傾き始めていた。 「…その強さで劉備殿を支えてください」 薄暗くなってきた中、いつの間にか乱れていた息の整ったが 静かに伝えた。 かけられた言葉に返事をしようとしたが、言葉は喉で詰まってしまった。 眉を寄せて辛そうに笑い、まるで自分には無理だからと いうような表情をしていたから。 は一度目を伏せ、背を向けて場内へと戻っていった。 そんな華奢な背中を見送るしかできなかった馬超はひとつ息を吐き出した。 二度、負けた。 だが、手合わせに関しては悔しさはなく、晴々としていた。 また刃を交えたいと。もっと精進して打ち勝ちたいと。純粋にそう思う。 だが、今は手合わせのことよりも―――― 馬超はまだ赤く染まっている空を仰いだ。 先ほどのの表情が目に焼き付いて離れないでいる。 何か…何かが変だ。殿も、も。 なぜ二人は近寄ろうともしない?声を掛け合うこともない? 二人とも…関わりを持とうとしていない。 手合わせの最中、彼女の肩越しに目にとまった人… あれは確かに殿だった。 は背を向けていたので気づいてはいないだろう。 何が何だか、分からない。 「気持ちよく手合わせの余韻に浸らせてくれ…」 味方の中での微妙な雰囲気に、馬超はため息をついた。 ◇ ◇ ◇ 降ってから日の浅い馬超は、まだ周りにとけ込めずにいた。 周りの者が馬超を敬遠しているように見える。 その理由の一つに、とよく共にいる事が関係しているとは 馬超だけが知らずにいた。 「まだ馴染めぬか?不都合があれば何でも申し出てくれ」 劉備は他武将とぎこちなく居る馬超に心配そうに声をかけた。 そんな君主の気遣いに申し訳なく思う。 「趙雲殿や関羽殿とは修練などで一緒に」 「そうか」 ほっと微笑んだ劉備だが、すぐに表情を変え少し躊躇いがちに問うてきた。 「と…仲が良いと聞くが」 「一方的に手合わせを申し込んでいるだけで、仲が良いとまでは」 「……そうか」 「 殿 」 劉備の口からの名前が出たのを良い事に、馬超は今まで持っていた 疑問をぶつけることにした。 「なぜほどの武将が城門や物見の警備についているのです」 それに…兵は彼女の隊の者以外近寄ろうとしない。武将達にしてもそうです。 …殿ですら顔をあわそうとしない。 何が… 「何があったのです!?」 疑問を全てぶつけ、少し息が切れている馬超の真剣な目に 劉備は困ったような、それでいて切なさを耐えるような表情をした。 「やってしまったことを取り消すことができぬように、言ってしまった言葉も 取り消すことができないのだ」 「殿…それはどういう―――」 「私は、が憎い」 「!!?」 許すことはできない。許してはならんのだ―――― 目を閉じて静かにそう言った劉備にはもう何も聞き出すことができず、 震える手を胸の前で合わせ、一礼をしてからその場を離れた。 何をしたというのだ……殿に、あれだけのことを言わせる程も…… 「従兄上、どうなされました?」 「岱か…お前はの事で何か聞いているか?」 「殿、ですか…。少し…耳にしましたが…」 「何があったんだ?!殿は…殿ははぐらかして何も仰らない」 馬岱は言って良いものかと口元に手をもっていき考える。 教えろ、というような従兄の真っ直ぐな瞳には勝てず、息をついて口を開いた。 「聞いた所によりますと、殿は長坂での戦にて……」 「何だ」 「その…殿の奥方様を殺めたとか……」 「なっ……!!」 従弟の口から発せられた意外な内容に驚きを隠せない。 まさか…まさか。 本当なのか、と問うたが驚きで声がうわずり、まともに声がでない。 「本当ですよ」 問いに答えたのは従弟ではなく趙雲であった。 その容姿通りの穏やかで静かな声が再度、言葉を発する。 「本当です。私はその場に居ましたから」 お助けすることができなかった。 苦しげにそう言う趙雲を見て、この者はこの者で自分を責めたのだろうなと思った。 だが、彼女は意味もなくそんな事をするだろうか。 その疑問を思うだけにとどめたつもりが、声に出ていたらしく めずらしく趙雲が声を荒げた。 「馬超殿は殿がどんな人かまだ知らないだけですっ」 「……それは、お前も殿も皆に言えることじゃないのか?」 「………」 趙雲は押し黙り、手で頭を押さえた。 馬超もそれ以上何も言わず、口を閉ざした。 NEXT→ ○・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 本来、趙雲には「見ていましたから」と 言ってもらうのだったけど。 設定を変えたのでやむを得ませんね; ていうか、馬超出張りスギ… まだまだ出張ります。。 設定がいろいろおかしいのはスルーで; ++2005/10/10 美空++ |