「敵は手強いぞ!心してかかれ!」 劉備の激が軍に響き渡り、それに応じて士気が高まっているのが分かる。 すぐに、あちらこちらで交戦が始まって、武器を交える音が絶えず続いていた。 前線では、趙雲が戦っており、傍らには鎌を持ったも居た。 を前線へと送り出した劉備は、今は遠く離れた所にいるその彼女との会話を思い出していた。 あの、彼女と共にいたひとときは……私たちの間の溝を少し埋めてくれたように思う。 それでも、二人にはまだまだゆっくりと話す時間が……顔を合わす時間が必要で。 過去をなかったことにはできないけれど、二人の溝を埋めていける時間が これから先、未来にはある。 ゆっくりで良い。少しずつうち解けていけたら―――――。 劉備は、そんな思いをとりあえず胸の内にしまい込み、今起きていることに集中する。 激戦が繰り広げられいるだろう前線の方角を見やって、劉備は新たに気を引き締めた。 憎しみの果てにあるもの [ 9 ] 前線では激戦……というよりは、蜀軍が一方的に敵を斬り倒している状態にあった。 それもそのはず。 ここ前線には趙雲とという豪傑が揃っていたからだ。 「やはり…強いですね殿」 「貴殿こそ……更に腕をあげましたか」 互いを賞賛しつつも手は止めない。 そんな二人が戦っている姿はまるで剣舞を舞っているかのように見違えるほど鮮やかだった。 そんな中、始めは軽口を交わしながら戦っていた二人の口数は次第に少なくなってゆき、ついには 眉間にしわがよってきていた。 手強いからではない。疲労したからでもない。 ある不安が頭をよぎったのだった。 「殿。敵方の先陣は…こう申してはなんですが、少し弱いというか……敵数も少ないですし」 「……私もそれを考えていました」 何かがおかしかった。 前線での勝ち負けが後々の士気の高低に少なからず関わってくる。 そういう意味でも先陣というのは大切なのだが。 敵方の先陣は……そう、言ってはなんだが趙雲の言うとおり弱いのだ。 兵力がないのか。はたまた温存なのか。 もしかすると―――― 「囮………」 趙雲がそう呟くのを耳に入れ、顔を向けて言葉に反応を示す。 同じく趙雲もの方を向き、彼女の顔を見て「まさか……」と声を詰まらせた。 「―――っここは任せました!」 「承知しました!―――本陣へ速くっ」 も同じ事を考えていた。 なぜ…もっと早く、数を見た時点で気付かなかったのだ。 そんな思いでいっぱいだったが、後悔しても遅い。 今はただ一刻も早く本陣に―――劉備の元に戻らなければ。 は馬に鞭打ち、林道を走り抜けようとした。 が、その時ヒュッと空を裂く音がし………焦っていたので気付くのが遅れた。 矢は馬をかすり、それに驚いた馬が暴れて駆けだし、は空へと振り落とされた。 なんとか着地して体勢を立て直すが、そんな間も次々と矢の雨が降り、 それはやむことを知らなかった。 「伏兵かっ……いつの間に」 一体いつ、ここまで兵を進めてきたのだろうか。 本陣からそう遠くない林道に兵が伏せられていたという事実は、もう既に本陣にも敵が なだれ込んでいるかも知れないという事を暗に知らせていた。 急がなくては……っ!! しかし伏兵がそんな事情に構ってくれるはずもなく、矢をつがえる音がした。 弓弦は足止めのためだけでなくの命を狙っている事を現すかのように力いっぱい 引き絞られていた。 そんな弓矢が一斉にめがけて放たれる。 さすがのも避けきる事ができず、一つは腕をかすめ、一つは足に深々と突き刺さった。 「――――っ!!」 痛みに顔を歪めるが、休んでいる暇などない。 ここぞとばかりに襲ってくる兵達を鎌で凪ぐ。 そんな兵達に混じって、あの取り逃がした大将が現れ、の足を見てあざ笑った。 「足をやられては俊敏な動きなどできまい」 「ふん…右足などあなた相手には良い不利条件です」 「ぬかせっ」 挑発にのってきた彼を見ては心内で笑った。 敵は剣を振りかざしてきたがそれを難なく受け止め、隙をついては反撃する。 相手もそれは同じで、力を込められてふらついた隙に刃先を突きつけてくる。 そんな中、彼はふいに笑みをこぼした。 「良いのか?これは一騎打ちでもなんでもないんだぞ?」 「!!」 その言葉で辺りに気を配ると、後ろで敵の気配がしたので素早く反応する。 ……頭では反応しているのだが、身体が……右足が思うように動かない。 頭上に剣が振り下ろされる―――― すると目の前に人が飛び出してきて、その太刀を受け止めた。 「殿っ!追いついて良かった!」 だ。 他にもまだ援軍が……の隊の者たちが駆けつけてくる。 そんな味方たちが伏兵を斬り倒してゆくのをは目でとらえた。 だが、安心したのも束の間、あの大将が舌打ちしながら襲いかかってきたのだ。 それを横に飛んで避け、なんとか踏ん張って体勢を保つ。 そしてこちらからも攻撃を加えたが、それは敵をかすめただけにすぎなかった。 足の「痛み」と言う名が全身を支配し、思うように鎌を操れない……! それを察したのか大将が剣を思い切り振り下ろしてくる。 頭の位置でなんとか受け止めるが急に足の力が抜けてぐらついた。 それはほんの一瞬で、だがその一瞬が敵に好機を与えてしまった。 「殿っ!!」 ザクッと肉が裂ける感触がし、脇腹から右足など比ではない激痛が走った。 相手の剣先についているのは自分の血か… 「ぐっ―――」 「はずしたか…まぁ良い」 彼はそのままを斬ろうとして、何を思ったのか仲間に合図した。 「お前の首よりももっと上の首を取れる機会だからな」 しっかり仕留めとけ。 確かに彼はそう言った。 それは確かに劉備の首を取るということで、それを裏付けるかのように馬で 蜀軍本陣へと駆けていった。 が必死に声をかけてくるが、の耳はその音を聞き取ろうとしない。 急がなければ……劉備殿がっ―――― は、もうさほど痛みを感じなくなった右足に力をいれ、ふらっと立ち上がった。 もはやどこがどれほど痛いのかなど分からない状態だった。 そんな状態で辺りを見渡し、敵兵が乗ってきたのであろう馬をみつけると歩み寄り始めたので が黙っていられず止めに入った。 「殿!駄目です、その傷では――――」 「どうせ死ぬなら」 「!?」 「どうせ死ぬなら……出来る限りの事をしてから死にたい」 劉備殿のために。……許されるのなら最後は劉備殿の――――― 動かぬ身体に無理矢理力を込めて馬にはい上がる。 そしての制止も聞かずに馬の腹を蹴った。 走る度に揺れる馬上は傷を酷く刺激し、途中、何度も意識が飛びそうになったが 気力で耐え、馬にしがみつくような格好になってもひたすら前を見据えていた。 馬が走るにつれ劉の旗印が見えてきて、人影がだんだんとはっきりしてきた。 不意に後ろから別の馬の音が聞こえてきて、は敵の言葉を思い出していた。 「しっかり仕留めろ」この言葉を守るべく追ってきたのかもしれない。 だがには後ろを振り返る力はなかった。先に着くか、追いつかれるか――― その時の目は劉備の姿をとらえた。 だが無事を確認しても安心することはできなかった。劉備の背後にあの敵将が見えたのだ。 は馬から落ちるようにして降りる。 敵が剣を突き出す。 劉備が振り返って……… 「劉備覚悟っ!」 間に合って…間に合って! 私はその為に生きてきたのだから―――! は全ての力を足にこめて地面を蹴り、二人の間に割って入った。 「生きろ」と劉備は言った。 その言葉が頭に蘇り、は反射的に敵将の剣を自分の鎌で受け止めようとした。 だが鎌を持った腕は動かなかった。 否、動きはしたが命令の伝達が痛みのせいで瞬時に行うことができなかったのだ。 そんなの鎌が……敵の剣をなぎ払うことはなかった。 鋭い衝撃が腹部に伝わり、吹き出す自分の血を浴びながらは少し顔を動かして 劉備の無事を確かめた。 後ろから呼ばれる自分の名を聞いて、はようやく安心できた。 「間に合っ――――」 「生きろ」とあなたは仰ってくれた。 私も「生きよう」と心に誓った。 それでもこうなってしまったのは………決められた運命なのか。 まだ死ねない。まだ死んでない。 私の足はまだ立っていて―――― 「っ!!!」 あなたの声もまだ聞こえるのだから。 NEXT→ ○・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さて。 ついに9話まできましたこの「憎しみの果てにあるもの」ですが 次でようやく最終回となります。 よろしければあと1話、お付き合いくださいませ。。 ++ 2006/6/25 美空 ++ |