「少佐」
「なんでしょう?マスタング大佐」
幸か不幸か。
どうやら少しステップアップできたらしい。
あたたかいひと [2]
「はぁ〜疲れたっ」
帰宅するなりソファに身体をあずけた。クッションがよくきいたそのソファは
の体重を優しく受け止めてくれて心地よい。
このまま寝てしまおうかと考えるが、やはり考え直してお風呂に入ることにする。
着替えをとってきて脱衣所に入り、バレッタをとって鏡をのぞき込んだ。
フレームの細い眼鏡をはずし、自分の顔をしばらく眺めるが、サッと視線を外して
服を脱ぎはじめた。
「あったかい…」
肩まで湯船につかって天井を仰ぐ。
シンとして何の音もしない浴室。無音になるとつい思い出してしまった。
“ 名前で呼んではくれないのか? ”
「…ロ……」
次の言葉を紡いでしまう前に口を閉ざし、両手ですくったお湯をおもいきり顔にかける。
軽く頭を振り、浴槽から出てバスタオルを取った。
手早く服を着て、入った時と同じように鏡に映った自分を見た…かと思うと何を思ったのか、
そっと頬を引っ張る。
「…幼い顔」
髪をおろし、化粧と眼鏡をしないだけでこうも変わってしまうのか。
…司令部では自分はいったい何歳に見られているのだろう。
できれば29歳につり合う年齢…外観に見られていると、朝から大変な化粧も
邪魔になるだけの度なしの眼鏡も、ホークアイ中尉とかぶってしまっている髪型も、
全て意味をなすのだけど。
実のところまだは成人して幾年もたっていないのだ。
その年齢で少佐の地位にいるのだから、出世スピードはすこぶる速い。
でも、少しでも大人っぽく見られたいのは、若いと舐められるからというわけでもなくて。
(あの人、年上の女性とか好きそうだし…)
きっと面倒くさくないからだろうな、などと考えながらベッドに倒れ込む。
家でのちょっとした開放感が気を楽にしてくれる。そんな気分と横になったせいで急に眠気が襲ってきた。
髪を乾かさなければと思うのだが、思うだけで動こうとしない…できない。
瞼が重くなってきて、眠気に逆らうのをやめたかのように目を閉じた。
「…マスタング…たい…さ……」
姓で呼ぶようになると、今度は名前で呼びたくなるじゃん馬鹿…
だから呼ばないようにしていたのに
“ ひとつ叶えば またひとつ ”
の思考回路はそこで途切れた。
◇ ◇ ◇
「失礼します。頼まれていた資料をお持ちしました」
「ああ、すまない。助かった」
そう返事したロイは、ホークアイ中尉と話をしていた。
この光景を見るたびに思うことがあり、それを思うたびに胸がチリチリする。
そのホークアイがに挨拶をする。階級でいえばの方が上なのだが、
そんなのは関係なく姉のように尊敬している。……密かに。
だから彼女のことは嫌いではない。むしろ好きだ。だが、あまり話をしたことがないというのが
本当のところである。話したくても話せないのには訳があり、それは話すと嬉しさで顔が崩れてしまう
だろうという懸念からくる。それに、姉のように(密かに)慕っている人だから甘えてしまいそうで。
子供だと…思われたくない。誰にとは言わないが。
「……うさ、少佐。どうかしましたか?」
「え?!あ、いえ…この書類ですので」
ホークアイに持ってきた資料を手渡す。彼女は少し笑って受け取り、そのままロイに渡した。
ロイは受け取りながら“別に中尉を介さなくても…”と不満そうにつぶやくが、
は聞いていなかった。正しくは、聞こえていなかった。
ただただ二人並んでいる姿が目に焼き付いて。
「―――では私はこれで」
目をそらすかのように一礼をして扉を開けた。
すると“うわっ”と声がして、扉の外で誰かとぶつかりそうになるが周りを気にする余裕もなく
ただ“すみません”と一言捨て置いてその場を離れた。
遠ざかるその場所から扉の閉まる音が響いて聞こえた――――。
「大佐、今のって……」
「やあ、鋼の。来ていたのか」
「こんにちは、エドワード君」
「中尉もこんにちは」
入れ違いに入ってきたのは金髪の少年でエドワード・エルリック。
背が小さいのでまだ子供と舐められる事が多々あるが
“鋼”を二つ名に持つ国家錬金術師である。
「ちっさい言うな」
「何も言っとらんぞ」
「や、別に。で?今の人」
すっげー勢いで歩いていったけど…と背中越しに親指で扉を指す。
「ああ、彼女は・少佐だ。…中尉、やはり私は嫌われているのだろうか…」
「さあ…大佐と言うより私の方では」
来たばかりのエドをそっちのけで二人は落ち込む。…いや、中尉はいつもと変わらないが、ロイは
激しく落ち込んでいた。だから気づかなかったようだ。
「、か」
エドが扉を見つめ、小さくつぶやいた事に。
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