名前を呼びたい

姓で良いから

しかし、そうなると…

次は君の名前を呼びたくなる











、と。





























   あたたかいひと


























「息抜きに出ないか」















丁度お昼時だ、ゆっくりお茶でも飲もう。

声をかけたのは東方司令部で大佐をつとめているロイ・マスタング。
国家錬金術師で二つ名に“焔”をもつ者だ。


















「飲み物ならもう頂いていますけど…」
















髪を無造作に一つにまとめ書類にペンをはしらせていた彼女は手を止め、
机に置かれている中身の入ったマグカップを持って男の方を見る。
髪と同じ色の瞳が眼鏡を通してロイを見据えた。
彼女の名前は。地位は少佐である。


















「そんなインスタントではなくてだな…」

「インスタントでもおいしいですよ?大佐、舌が肥えているのではないですか?」

「私だってここにいる時は君たちと同じ物を飲んでいる」

「なら良いではないですか。それに私はまだこの書類が終わっていないんです」

「だから息抜きと言っただろう…」

「あ、そうでしたね」
















世間話をするような返答に苦笑しつつ、丁度あいていたので隣の椅子に座った。
肘をついた手に顎をのせ、横目でを見ながら口を開く。















「君は冷たいな」

「冷たくしているつもりはありませんので“つれない”が適切かと…」

「自分でわかっているなら少しはかまってくれたまえ」














別にバチは当たらんだろう?

乗せていた顎を手から離し、体ごとに向き直る。
本当に拗ねているのか、それともからかっているだけなのか分からない上司に
彼女はため息をつき、ペンを置いて彼の方を向いた。
確かにバチは当たりませんが、時間は減るんです。そうつぶやきながら続ける。














「大佐」

「…君には名前で呼んでも良いという名誉な権利を与えただろう?」

















呼んでくれないのか?と笑顔で問うロイに再度ため息をつく














「何が名誉です。大佐と親しい方なら誰だって呼んでいるではないですか」

「だから私と親しいという事でだな」

「…私と大佐は親しいのですか?」















きょとんとした物言いにロイは笑顔のまま固まった。
ロイだけでなく、周りもこの発言には固まってしまった。
普通そんなこと聞くか…銘々に思う。
ロイはというと、フ…フフフフ……と笑顔はそのままに鼻で笑いながら問い返した。
















「では聞こう。私と君は親しくないのかな?」

「……どうなんでしょうか…」

















ふむ、と考え込む
そんな彼女を見ながらロイはそっと微笑んだ。


















 ((( なんであの会話で微笑めるんだ?! )))



















周りの人間は仕事をしながら盗み見た様子に疑問と動揺を覚えずにはいられなかった。
恋は盲目ということか……。
するとは、いきなり席を立ったかと思うと















「妙なことに頭を使うとお腹が減りました。昼食に出てきます。
 それに大佐、ご自分だって私の名を呼ばないくせに人に言えませんよ」


















そう言うと、扉の方に向かって歩き出す。その後を当然のようについていくロイは
「呼べば呼んでくれるということかな」と独り言のようのつぶやき、勝ったかのように
笑っていたとか。




















「で、結局の所どうなんだ?あの二人…」

「でも確かにあのお二人はたとえ姓でも呼びませんね」

「かと思ったら結局二人で息抜きに出かけちまうし」

「【親しい】―― @血筋が近い A仲が良い。こころやすい。」

「「「 ………… 」」」













 ((( 害はないからどうでも良いか )))

















各々の心情は満場一致した。
















  ◇ ◇ ◇

















特に早く歩いたわけではないが、前を歩く女性に追いついた。
無造作にまとめられていた漆黒の髪は、今はきちんとバレッタでとめられている。
歩きながらよくできるな、と感心し、そして素直に彼女の髪は綺麗だと思う。
しばらく並ぶでも追い抜くでもなく、ただ後ろ姿を見ていると彼女は急に立ち止まって振り向いた。
















「大佐、隣にきてください。人の前を…ましてや上司の前を歩くのは、
 あまり気持ちの良い事ではありませんから…」


















困ったように眉を下げている彼女に“分かった”と笑いかけて隣に並び、再び歩き始める。
ゆっくり、彼女の歩幅に合わせて。
ロイはそっと隣を見た。





















彼女は知っているだろうか。

名前を呼びたくても呼べない私が居ることを。

一つ願いが叶うと、また一つを望んでしまう人の心を。

彼女を大切だと思う気持ちを。















知らなくて良い

まだ知らなくても良い

いつかこの手が 君の手を繋げる日まで















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深海瑞樹サマに捧げました☆

全5話ですので、ゆっくり読んじゃってください。。
て言うか…長編をあげるなよ自分…(死)


                         ++美空++